私は、かういふ姿勢は留守先生の嫌ふ「ゴム人形」のそれであると思ふ。等と極附けてゐるが、因縁を附けるのも大概にしたら如何かと思ふ。人の言葉を適當に拾つて來て、その人に投附け返して、それで勝つた氣になる――實に不愉快な「言説」だ。
いやいや、偉そうさでは貴方にはとても構いませんが(笑)それはともかく。
漏れの思うところでは「他人のことを思いやる力」のうちで大切なのは「自分がやられてイヤなことは他人にもしない」だと思うんだが、なんて言つて、公正を裝ひながら、自分の事を棚に上げて俺だけを惡者に見せかけようとする態度をとつてゐる。その邊も同じ。この子、自分は「自分がやられてイヤなことは他人にもしない」を實踐して、それで野嵜の惡口を言つてゐると本氣で信じてゐるのかねえ。
巷間言われるような、リンクテキストのために「ここ」という言葉を使わないように原稿を書き換えるのは どうかと思います。
四条河原町から八坂神社へ。ここから10分ほどで東大谷に至る。
ウィキペディアコミュニティ内部において、「合意」というのが、かなりうまく機能している場所はある。しかし、このような「誰かを排除するか否か」というような投票場所には、まずまともな利用者はまず普通寄り付かない。誰かを排除するのに自分の意見を積極的に反映したいという人間がどういうタイプなのであるのか、ちょっと考えてみるとわかるだろう。また「おかしな絡み方をする人」ほど、自分の意見を否定した人物が「水溜りにはまった犬」であることを察知するや否や、以前は丁寧に発言を撤回しますとか言っていた癖に、その個人的復讐を履行して恥を感じない。こういう場の多数コメントそしてその「合意」の正当性など推して知るべしである。
福田氏のこうした考えの背景には共産主義の洗礼があると思います。福田氏は一時期、社会の名の下に個人を徹底的に押しつぶす共産主義思想の影響を強く受け、そこから離脱したのだと思います。
ただ福田にロレンスが必要となったのは、彼が一時的にマルクス主義に魅惑され、その恐ろしさも知った人間だからだと思っております。
共産黨の身方だつた、と福田氏は述べる。それはなぜかと言ふと、
共産革命を目ざす以上政治優位は解り切つた事だつたからに過ぎない。
はつきり言へば、二十年前に私が何度も口を酸くして言つた樣に、第二次大戰後、殊に中共が出來て後は、革命に文士や文學を必要とする時代は永遠に去つたのです。その位の事が見拔けなくて、政治は勿論、文學に携る事すら既にをかしいと言へませう。福田氏にして見れば、政治にしろ文學にしろ、その立場にただただ拘るだけの「ロマンティシズム」は、愚かしい事であつた。何れの立場であつても、自己の立場を辨へ、その目的を明瞭に意識しつゝ、それに據つて逆に物事を正しく客觀的に判斷し、行動してゐれば、それはあり得る正しい態度である――と、さう考へてゐた訣だ。
日共禮讚はこの位で止めて置きませう。私の眞に言ひたい事は、吾々日本人は道徳と政治とを混同するやうな曖昧と僞善と思ひ上りとを一日も早く拂拭し、國家としての去就、進退をはつきりさせなければいけないといふ事です。既に述べた樣に、そこをはつきりさせてゐるのは共産黨だけで、社會黨も民社黨も自民黨もごまかしてをります。福田氏が神を信じてゐたかゐなかつたか――そんな事は全く何うでも良い事であつて、しかし、何れにせよ、政治と道徳、政治と文學とを峻別すべき事ははつきり述べてゐた。否、福田氏は神など信じてはゐなかつただらうと思ふ。ロレンスの影響下にあつたと云ふ事は、即ち福田氏は人間の「肉體」を信じてゐたと云ふ事だ。それを「唯物主義」と呼ぶ事は寧ろ正當である。福田氏が心理的であつた等と考へる方がをかしい。人間の心理は、人間の肉體と直結してゐる。それが單純な物理法則であると考へなかつた點だけが、凡庸な唯物論者の群から福田氏を引離す。
勿論、道徳の問題は大事です。いや、私としては寧ろ話をそこへ持つて行きたいのです。私が日本共産黨を禮讚しながら、同時に反共であるのは、共産主義には政治といふ軸だけで道徳といふ軸が全く缺けてゐるからに外なりません。また私が中間派的知識人を非難するのは、さういふ共産主義の嚴しさを知つてか知らずか、それに道徳といふ甘い味附けをして自他をごまかしてゐるからに外なりません。エゴイズムといふものは、國家のそれにせよ、階級のそれにせよ、自他の目に一度はつきり剥き出しにした方が良いのです。それをやらないうちに道徳的大義名分を持出すと、個人の場合と同樣、どうしても修身的僞善になりやすい。
吾々はこの邊で政治と道徳との二元的對立といふ近代感覺を身に著ける事を學ばなければならぬのではないでせうか。先に言つた現實論と原則論との別といふのもそれです。それが俗權と宗權との對立抗爭に揉まれて發生して來た近代國家の宿命であります。しかし、同時に、さういふ近代主義に疲れ、愛想を盡かし易いのが、後進的近代國家の宿命でもあります。そこから當然全體主義への郷愁が生れる。政治の中に道徳、その他、何も彼も取り込み、政治の優位を確保しようとする。それもまた必然ではありませんか。私が中間派的知識人の言動に苛立たしさを感じるのは、彼等がさういふ歴史の必然を見通し得ずに、政治の中に安直に道徳を持ち込み、その酢を以て政治の優位を骨拔きに出來ると考へてゐる點であります。それは彼等自身の生き方や考へ方において、政治と道徳とが未分状態にあるからに外ならない。別の言葉で言へば、集團的自我と個人的自我との對立と處理が出來てゐないといふ事です。
「fankee_jr」なる人物による書き込みはすべて削除なさるべきです。アクセス禁止の措置を講ずるべきです。こいつの正体は、かつてヤフーの掲示板を荒らしまくったかどでヤフーIDを削除された某ニートだと思われます。こいつの書き込みで、前田さんの御説の展開は妨害される上、その愚劣さで、前田さんのブログの品位が下がるのは必定です。くれぐれもご注意を。
- 投稿 ♪所得税、どのくらい払ってるの?♪ | 2006.11.06 03:07 午前
所得税、どのくらい払ってるの?と、實に嫌らしい言ひ方で、野嵜を侮辱してゐるが、かう云ふ侮辱的な物の言ひ方をするのが「アンチ野嵜」の常である。そして、さう云ふ態度を取りながら、「アンチ野嵜」の連中は、「野嵜は傲慢だ!」と宣傳して廻る。
♪所得税、どのくらい払ってるの?♪にしてもさうだが、「義」のやうに、人を「無職」と言つて侮辱してゐるのは、誰が何う見ても犯罪行爲である。かう云ふ犯罪行爲で野嵜を潰さうとするのが「アンチ野嵜」の手口である。
私の振り廻す剣は虚しく宙を斬るのみであつた、と書いてをられて、「斬る」からには相手の存在を前提とする。その「相手」からの反應が「無い」、だから「暖簾に腕押し」だとおつしやつてをられるのだが、さう云ふ「相手」の存在を重々承知してゐる人が何うして
自己欺瞞に陷るのだらう。
知的怠惰を論ふその批評家は、相手を論ふことによつて知的誠實さを示さうとした結果、自分自身の知的誠實を磨く機會を奪つてゐることに氣附かなくなつてしまつた。
なぜだらうか。知的營爲を道徳的實踐と同一視し、文學を道徳と同一視してしまつたからである。と書いてゐる。「なぜだらうか」! ――上に引用した文章の内容は、全く根據ナシに、ただ前田さんによつて創作されたものでしかないのだが、その「創作」を前田さんは「事實」と看做し、この嘘の「事實」を大前提に、松原先生の態度を全て解釋して見せようとしてゐる。前田さん、あなたの論法は「トンデモ論法」ですよ。だから野嵜はあきれて、fankee_jrの名前で
ゆたかな想像にみちた面白い物語ですね。続きを期待します。と皮肉つた。此の皮肉が前田さんは理解できなかつたやうだ――と言ふより、理解しない事こそが「文藝批評家」の眞髓である! とでも信じてゐるのではないか。「自己欺瞞」と前田さんは書いてをられるが、その文章は、傍から見れば、自己陶醉に陷つた人間の文章である。
知識人を斬る知識人もまた、日本的知識人なのである。福田恆存はそれを自覺してゐた。さうして、知的誠實といふ自己欺瞞を警戒してゐたのである。
♪所得税、どのくらい払ってるの?♪の所爲でうやむやになりさうだ。しかし、何うして前田さんは、こんなに無造作に「評論」をやれてしまふのだらうと、俺は疑問に思つてゐる。前田さんが「評論」をやる動機は一體何なのだらうと。世間には澤山「評論家」がゐて、俺は屡々「あなたの動機は何ですか」と尋ねたくなるのだけれども、さう云ふ「なぜ物を書いてゐるのかさつぱりわからない評論家」の一人に前田さんも入る。
昔を懐かしむというより、コンサートには何があっても生きていこうというメッセージが感じられた。子供のいじめ自殺や大人の自殺が社会問題になっているが、勇気を与えられた人も多かったのではないだろうか――とある。生きるのが辛い人間に「生きろ」なんて言つて勵ますのが一番當人にとつて辛い事であるのは常識だと思つてゐたが、生きるのが樂な連中には解らないらしい。大體、この手の「生きろ」なる「メッセージ」が安易に流布される所爲で、「生きる氣力もない人間」を見下す風潮が生れるのだ。「生きる氣力のない人間には生きる資格がない」と極附け「苛める」と云ふのが、現代の「苛め」の「論理」である(「義」を見よ)。氣樂に生きてゐる連中が、何も解らないでそれつぽいメッセージを襃め讚へてゐる爲に、却つて事態は惡化する。と言ふより、人間、やる事は變らないのであり、ただ、自己正當化の言葉が「進化」するに過ぎない。今は、より綺麗な言葉で、より冷酷かつ惡辣なやり方が行はれるやうになつてゐる時代である。これを「良い!」と考へる人は極めて多いのだが(だから、叮嚀語を使ふアレクセイや白波海太郎みたいな連中が威張り返つてゐる訣だ)、「より陰濕になつてゐる」事の何處が良いのかと俺は思ふ。
葉公が子路に、孔子とはどういう人なのかたずねた。子路は答えられなかった。そこで、孔子は言った。『なんで言わないのか、こう言えばいい。あの人のあり方は、情熱的になると食事を忘れ、学を楽しむと心配事はすべて忘れ、老いが迫っているのも気づかずにいる』と
この絶えざる情熱は、静かなる孔子の一面であったろう。と書いてゐる。六十六ページ
学を楽しむとを
心配事はすべて忘れだけにかかるやうに言つてゐる。だから、
情熱的になると食事を忘れの
情熱的になるとは
学について
情熱的になるとの意味ではないと山本は解釋してゐる事になる。
情熱的なる解釋が「ある」訣だ。にもかかはらず山本はそれ以外の面ばかりを強調してゐる。それを松原氏は批判してゐる。この時、松原氏が山本の解釋を利用して山本の書き方を一面的と批判して、何か問題が「ある」だらうか。
野嵜氏は、数ある論語解釈の中から一番松原氏の誤解釈に近い(?)、吉川幸次郎さんの解釈を援用してるが、と言つて、喜六郎は吉川幸次郎の解釋について野嵜が觸れた部分に著目する。しかし、野嵜は其處等で、實はただ、「いろいろな解釋がある」事を示したに過ぎない。
子は温にして獅オ。威あって猛からず。恭しくして安し。について野嵜が觸れた意圖に、喜六郎は氣附いてゐない。
と言ふか、呉智英が「誤解釋」と言つたから松原氏のは誤解釋、と極附けるのには問題がある。
一往呉智英の本に當つておいて良かつた。慥かに「原典」に當るのは必要な事だ。
- 呉智英は、「孔子は温和だ」から「怒らない」に決つてゐて、そこで「怒る」と云ふ解釋をするのは誤、と言つてゐる。
- けれども、松原氏は「温和である人が時に怒る人であつても矛盾はない」と言つてゐるのだから、そこで「矛盾だ」と極附けて否定しようとしても無理。
となると、そもそも「論語」の解釋とは何なのか、と云ふ處から改めて檢討しなければならない。「論語」は、どの文章も前後關係が良く解らない斷片である。注釋者は、それらを自分の立場に基いて一貫した内容で解釋して見せた。性善説とか性惡説とかは注釋者の立場だし、それ以外の立場もあり得る。
で、さうした立場の一つとして、孔子を全面的に温和な人物と看做して解釋する方法があり得る。それで「發憤亡食」を學問的な發憤と解釋するのだが、この場合、他の項目も矛盾の無いやうに解釋しなければならない。「子温而氏vを「おだやかではあるが、その中にもおのずからひきしまったところがある。」(諸橋)のやうに解釋するのはその爲。
宮崎市定は、その邊の事に無頓着だつたらしくて、「氏vを「激しい気性」と解釋してゐる。
しかし、かうなると、孔子を、温和であり、同時に、激しい氣性の人物である、と解釋する方法は「あり得る」事になる。さうなると、呉智英が井上靖をばつさり斬つたやうな論法は必ずしも決定的に有效と云ふ事にはならなくなる。松原氏の立場もこの「温和にして激しい氣性」と云ふものに屬する、と看做すならば、呉智英の説に基いた否定は不可能になる。のみならず、松原氏の山本七平批判が、呉智英に向ふ事も「あり得る」と云ふ事になる。
と言ふか、喜六郎の狼狽ぶりに苦笑した。
吉川氏の解釋だけを野嵜が根據にしてゐる、と必死になつて喜六郎は言張つてゐる。しかし、野嵜は宮崎市定の解釋をも引用してゐる。其處まできちんと讀んで、意圖を汲みとつていただきたいものだ。
野嵜は、呉智英が井上靖の解釋を誤とした根據が不確實だ、と指摘してゐる。然るに、喜六郎は、確實だ、と主張してゐる。
で、改めて、喜六郎が呉智英の解釋を「決定的なものである」と極附ける根據について、御尋ねしたい訣だ。
喜六郎は、松原氏を「有罪」と主張して、その證據として呉智英の發言を持出してゐる。その證據が不確實なものであるのならば、松原氏は無罪である。野嵜は、呉智英の解釋が確實とは言切れない事を言へば良い。「可能性」の論で十分である。
それに對して、松原氏を「有罪」にしようとしてゐるのだから、決定的な證據を喜六郎は提出する必要がある。そこでは「可能性」レヴェルでなく、決定的で必然的な證據が要請される。現時點までに、喜六郎は、松原氏が「有罪」である決定的な證據を提出してゐない。
どうも喜六郎、例の「や」会長と同じ轍を蹈みさうな豫感がする。
よろしいですか。
- 呉智英は、「温和」と「激しい気性」は兩立しない・矛盾である、と考へて、それで井上靖の解釋を「誤」とした。
- 松原氏は、「温和」と「激しい気性」は兩立すると述べてゐる。
ここで、單純に、呉智英が「誤」と言つたからと言つて、決定的に松原氏は誤、と決める事は出來ない。
「温和」と「激しい気性」は兩立する、と考へる人が、兩立しないから、なる理由で主張を否定されても、納得出來る訣がないでせう。茲で「でせう」と言ふのは、推論ではなくて、喜六郎に尋ねてゐる事を示してゐます。
となると、松原氏のが誤解釋である事を言ふには、呉智英が述べた以外の論據を必要とする訣です。それが決定的に松原氏の解釋を粉碎しない限り、松原氏の解釋を誤と決める訣には行きません。
だから、呉智英氏の述べた以外の理由で、松原氏の解釋を決定的に否定する論據を喜六郎に提出して呉れとこちらは求める訣です。岩波文庫に書いてあるとか、そんな事は決定的な論據になりません。喜六郎は、論語を良く研究してゐるのでせうから、けちけちしないでその成果を見せて呉れと、例へば徂徠の解釋は何うだつたのか教へて呉れと、さうこちらは御願ひしてゐる訣。別に惡戰苦鬪なんて、してはゐませんよ。俺は頭が惡いから、頭の良い喜六郎みたいに簡單に納得してしまふ事が出來ないのです。
漢文の解釋について反論する積りはなかったけれども、一往調べて見た。
- 諸橋轍次
孔子という人物は、道を求めて未だ得ない場合には、心を奮い起こし、それに熱中して食事をも忘れるほどである。- 宮崎市定
学問の情熱に燃えた時には食事をも忘れ、- 吉川幸次郎
憤りを発する、すなわち人間の将来を憂えての心情の興奮がおこると、そのために食事さえも忘れる。- 呉智英
学問への意欲が湧き上がってくると食事も忘れ、呉智英曰、
井上靖「孔子」では、人間の道に外れたことに対する怒りがこみ上げてくると食事も忘れる、となっている。初歩的な誤訳である。これでは、孔子は単なる癇癪持ちになってしまう。楽しみて以て憂いを忘ると続くことに思いを致さなければならない。呉智英はばつさりやつてゐるけれども、決定的な結論とも言へない。
井上靖の「誤譯」は恐らく吉川譯を踏襲したもの。吉川説がどの注を參照したのかは調べてゐないが、少くとも吉川説が「ある」のは事實。松原先生の解釋は、この吉川説に據つたやうだが、意圖的に「怒つた」を採用したもののやうに思はれる。
子は温にして獅オ。威あって猛からず。恭しくして安し。について宮崎譯孔子は柔和であると同時に激しい気性を持ち云々。全體として「柔和」と云つたニュアンスを持つ文章だが、宮崎氏はこの「獅オ」を「激しい気性」と解釋してゐる。
そうした理想家的な人柄で、云々と附加へてゐる。
この条は、「論語」のうちでも、最もいきいきしたものとして、私のはなはだしく愛する条である。と吉川氏。