デカイオーのコックピット。
「じゃがいもじゃがいもー♪」
楽しげないづみの声。
良いにおいも漂ってくる。
「にんじんにんじんー」
「おお、いづみくん。今日の昼ご飯はカレーかね」
真木がくんくん、鼻を鳴らした。
「ええ。カレーです。楽しみに待っていてくださいね、先生」
いづみがにっこり微笑む。
「らららねぎー。たまねぎー。ねぎぼうずー」
ねぎぼうずは入れなくていいよいづみ。
ところで、火浦功はカレーにインゲン豆を入れるのだらうか。
フェード・アウト。
鋼鉄面皮デカイオー
例の主題歌。
スポンサーがとうとうなくなったらしく、局イヴェントの宣伝。
モスクワで疲れ切ったトミーと真木たちは、とりあえずインドのニューデリーへ飛んでいた。
カシミールの山を越え、ヒマラヤの尾根を左手に見ながら、二機のロボットはインダス上流域へと向かう。
雪解けで増水した大河・インダス川。茶色く濁った流れ。両の岸には、いよいよ春本番を迎え、芽吹いた草木の緑が眩しい。
ターバンを頭に巻いた老人が、子供の手をひいて、歩いている。行く手は、奇怪な神々の像を祀ったヒンドゥー教の寺院。みやげ物屋のおやじがうららかな陽気に眠気を誘われて、あくびをしている。
ところどころで、川の水で洗濯物を洗うおかみさんの姿が見える。川の泥水で、洗濯物が綺麗になるのかどうかは不明だが、頑張っているらしいので、つっこむのも可哀想だろう。
ところで、この辺の描写、適当に書いているのだが、合っているのだろうか。とても不安だ。
次はインドだからと、頭部にターバンを巻いてみたガルベース。
「どうだ、似合うだろう、マリアンちゃん」
「……ボスの考える事は時々良くわからないけど、確かになぜか似合ってるわね」
「ふはははははは。これはあのデカイオーには真似できまい」
大威張りで哄笑するトミー。
「出来ても仕方がないと思うけど。もともと胡散臭いガルベースが、ますますあやしくなっているし」
溜め息をつくマリアンちゃん。しかし、そもそもこのあやしいガルベースを選んだのはお前だマリアン。しかし、その辺りの由来はもう、二人とも忘れていた。作者の記憶もあやしいくらいだから当然だろう。
とにかく、うららかな陽気であった。
さっき、インドだからと言っていづみがカレーを作ったのだが、おかげで真木はおなかが一杯になってしまっていた。
「むむ、眠くなってしまったぞ、いづみくん。居眠り運転は事故のもとだ。どこかで一休みしていかないかね」
うつらうつらして額をハンドルに思い切りぶつけて、痛くて目を覚ました真木がぼやいた。
「大丈夫ですか、真木先生。よろしければ、わたしが操縦、かわりますが」
「……いいのかね、いづみくん。きみは眠くないのかね」
「わたしは大丈夫です。まだ若いですから」
胸を張るいづみ。
「……そうだな。じゃあ、ちょっとだけ替って貰おうか」
「お任せ下さい、真木先生。あとはわたしに任せて、ゆっくり休んで下さい」
「おう……ぐーすぴー」
真木はそっこうで(笑い)眠り込んでしまった。
「ふふ。かわいい寝顔」
いづみが目を細めた。
変な師弟関係である。こんな設定を作った俺も俺だが。
どうでもいいが、側溝で眠るのはやめよう。汚いし。
真木が良く寝ている頃、ニューデリーでは事件が勃発していた。スタンプが強奪されたのであった。
スタンプは、それ自体、安い材料を使っているろくでもない代物なのだが、とにかく大きいので、インド人には珍しいもののように見えたらしい。
なぜかメイド服の部下から報告を受けたドクター秋本は、しかし、にやりと笑みを浮かべた。
「よい、よいではないか。スタンプ……スタンプラリーに欠かせないアイテム……それが今、邪悪なる者によって盗まれた。しかし、それでもあきらめないデカイオー――いやさ、世界ロボット振興会。真木よ、この困難に打ち勝って、われのもとへとやってこい。われはなんぢを待っておるぞ」
そんな秋本に突っ込みを入れる勇敢なメイド。
「真木博士のデカイオーとともに、ドクター・トミーのガルベースもニューデリーに向かっております」
「ほほう。トミーくんもか。ところで、トミーって誰だ?」
「……ドクター・トミーと愉快な死ね死ね団略してトミー国際発明研究センターの所長です」
「全然略になってないぞ。それにしても、そんなやつが、われの用意したトラップだらけのスタンプラリーで生残っていたとはな。至急、トミーの情報を集めよ」
「ははっ」
メイド服の部下は、少しずれた眼鏡を片手で直して、退出した。ちなみに、結構可愛い女の子だった。男が趣味で女装しているのでも、ドクター秋本に女装した男を部下に使う趣味があるのでもなかった。
しかし。
「……それにしても、どうしてあの部下は、メイド服を着ていたのだろう?」
秋本は、首を傾げた。
大見えを切ったいづみだったが、やっぱり眠かった。油断して、ちょっとうつらうつらしてしまった。
すると。
物凄い衝撃。
「何だっいづみくんっ地震かっ!?」
真木がとび起きた。
「落着いて下さいっ地震の訳がないでしょっ!」
お前もおちつけ>>いづみ。
二人はおちついた。それにしても、いったい、何が起こったのか。
「あっ真木せんせいっあのダルシムみたいなロボット、スタンプを持っていますっ!」
実は、スタンプを奪った犯人――インド製のロボットが、逃走の最中、居眠り運転していたいづみのデカイオーと正面衝突したのだった。
「おお、たしかにスタンプだ。よし、ここであったが百年目。スタンプを押して貰おう」
しかし、ダルシムロボは、逃走の態勢に移った。
「む、追いつく事ができたらスタンプを押す、という訳か。ドクター秋本、こんなイヴェントを用意しているとは。なかなかやりおる」
真木は勘違いした。
ダルシムロボは、ヒマラヤの山脈へ向かって飛んでいた。それを、デカイオーは追った。
「何だ何だ?」
やはりねぼけまなこのドクター・トミーは、突然向きを変えて高速飛行を始めたデカイオーに面食らった。
「インド製ロボとデカイオーが衝突したのよ」
「ふうん。でもなんでデカイオー、あんなカレクックみたいなロボットを追っかけてるんだ。無視こそ最大の罵倒なのに」
「今、ドクター・トミーが良い事言った! でも、カレクックロボがスタンプを持っていたらどうする、ボス?」
「なに、あれがスタンプ係だったのかっ! よし、追うぞ、マリアンちゃん!」
「世界ロボット振興会の共通認識コードを発信していなかったわ。あのカレクックロボ、イレギュラーよ」
マリアンちゃんが呟いた言葉を、トミーはきいていなかった。
ダルシムロボともカレクックロボとも呼ばれているインド製ロボ、それを追ってデカイオー、そのうしろにガルベース。
「ガルベース、追撃してきます」
「前と後ろをインド人みたいなロボットにはさまれて、いやだなあ、いづみくん」
「たしかに嫌ですけど、今はそんな事を言っている時ではないと思います」
「冷静だな、いづみくん……」
「あっダルシムロボがトランスフォームしました!」
インドロボは車に変わった! 着地して、そのまま峠道を物凄いスピードで下り始めた。
「これはわしらに対する挑戦だな。いづみくん、デカイオーもトランスフォームだ」
「トランスフォーム!」
デカイオーもトランスフォームして、車になって、峠道に降りると、インドロボを追いかけ始めた。
「何をやっているんだあいつら」
「……たしかに謎ね。でも、ボスにつっこまれたらおしまいのやうな気が」
「うるさいなこの乳女」
「さべつはつげんはんたい」
「それにしても何だか楽しそうだな。よし、俺たちもトランスフォームして追いかけるぞ」
「トランスフォーム機能なんて、ガルベースにはないわよ」
「そうか。残念だ」
インドロボとデカイオーは、峠道で激しいバトルを繰広げていた。
「か、慣性ドリフト」
「いづみ……いつの間にそんなテクニックを……」
デカイオーの変形した偽ハチロクは、すごかった。
インドロボの変形した謎のインド車は、必死で逃げていたが、振り切れなかった。
「よし、仕掛けるのは次の五連続ヘアピンよ」
「どうして次に五連続ヘアピンがあるとわかるんだ、いづみくん」
「黙っていて下さい、真木先生。舌を噛みます」
そしてデカイオーはコーナーで、インド車の内側から物凄いスピードで追い抜きはじめた。
「み、溝落し……何をやってるのよ、いづみったら」
しかし。
「あっタイヤが滑った!」
いづみの悲鳴。
勢いがついたデカイオーの偽ハチロクは、インドロボの変形した車の横っ腹にぶつかった。
インドロボ車は、はじかれて、谷底へ落ちていった。
いづみはゆっくりと車を路肩に止めた。コックピットから降り立つと、下の方を見ながら合掌した。
「……成仏して下さい……なんまんだぶなんまんだぶ……」
「相手はヒンドゥー教だったみたいだが」
「それにしても、スタンプどうしましょうか?」
「ほーほほほ。大丈夫よいづみ。スタンプなら、ほら、ここに!」
上から声が降ってきた。
「スタンプは、やつが途中で落したので、拾っておいた。もうわれわれはスタンプを帖面に押してある。真木よ、俺たちは先に行くから、お前もスタンプを押したら、後を追ってこい」
ガルベースがぽいとスタンプを投げ落とした。凄い衝撃音。いづみは両腕で顔面を覆った。
土埃が晴れるのを待って、いづみは顔を上げた。そこには巨大なスタンプが落ちていた。
そして、ガルベースの姿はもう、なかった。
四千年の歴史を持つといわれる大中国。しかし、殷(商)以前の文明といわれる夏の存在は怪しいとされ、宮崎市定によると周の前半の歴史も怪しいのであるから、案外、中国の歴史も古くはないのかも知れない。
日本の歴史も実は結構古いものであった、ということになるかも知れない。発掘された彌生式土器の炭素十四による時代測定の結果により、数百年、彌生時代の開始時期が早まる可能性が出てきた。まだ論争ははじまったばかりだが、これまでの定説が覆り、歴史教科書の記述が書き換えられる事になるかも知れないという。今、古代史が面白い。
しかし、デカイオーの話とは全然関係ない。次回「この街は病んでいる」。
それにしても、雨の日が続きますね。明日は晴れると良いですね。ではまた。