昔々、一人の艦長が死にました。
「地球か……何もかも皆懐かしい」
この人が、まさか完結編で甦ってこようとは、当時のファンは誰一人予想もしていませんでした。
そんなアニメを作ったプロデューサーは、会社を潰し、著作権を持って行かれてしまいました。
それ以来、そのアニメは、復活したりぽしゃったりを繰り返し、いつの間にか「大」なんとかという名前になって、原形をとどめなくなってしまいました。第何代目かの子孫なんてものを出すのは、やめて下さい。
「デカイオー」と何の関係もない話をしてしまいました。
フェード・アウト。
鋼鉄面皮デカイオー
例の主題歌。
○○○損保にあなたも加入しませんか。
デカイオー、とうとう地上波からスカパーへ逃亡。
ここはガルベースのコックピットである。操縦桿を握るトミーの丸まった背中に肱をついて、マリアンちゃんはモニタを眺めていた。
「しっぽーのあるヒットラー♪」
ぼうっとしながら、替え歌を唄っている。
「あとは野となれ山となれー♪」
マリアンちゃんの胸に押潰されるような恰好でトミーが唸った。
「どうでもいいから、俺の背中をテーブルの代わりにするのはやめろ」
「……あ」
「あ、じゃない。話ははじまっているんだぞ」
「あー。あああ。いや、えーと、読者の皆さん、こんにちは。ウェブから消されたりもしたけれど、あたしは元気です」
「元気はいいから、とりあえず、話に入ろうよ」
ぺしゃんこになりそうになりながら、トミーは涙目で訴えていた。この人、ウェブでの連載が中断している間中、この恰好だったのである。
「えーと、ずいぶん長い事、第八話が登場しないばかりか、小説の存在自体が消されていたんですが、再開されたからといって、話は全然進んでないです。デカイオーもガルベースも、ロンドンから、パリを通ってエジプトへと向かう途中です。と言うか、もうガルベスなんて、誰もおぼえていないよ」
「マリアン、お前、なんだかキャラが変ったな」
「作者のテンション、下がっていますからねえ。あたしだって、あの全盛期のように、ハイテンションで飛ばしたいわよ。でも、前の話が書かれたのは、なんてったって前世紀」
「……」
「……」
「あああ、寒い駄洒落を言うだけで、こんなに精神を消耗するとは! あたしも老いたものだわ! ボスはもっと年だけど」
「うるさいぞ」
などと、調子をとり戻すべく、作者が悪戦苦闘している間にも、ガルベースは地中海を渡り切ろうとしていた。
モニタに、エジプトの光景が映った。
ピラミッド。
スフィンクス。
一面の荒野。
「あっ、あれはっ!」
「何事だ、マリアンくん。胸が邪魔で見えん!」
「あれはっ! あれはっ!!」
ありふれたエジプトの光景のように見えた。しかし……。
巻起こる砂嵐。
「ど、どういうことだ、マリアンくんっ!」
「闘争……」
そこでは、巨大なロボット達が戦っていた。
よく見ると、それぞれ首から巨大なスタンプ帳をぶら下げている。
マリアンが呟いた。
「先行した連中が、狂っている……」
「何が起こっているんだ? ……とりあえず、様子を見よう」
ピラミッドの陰に、先行したロボット達から気付かれないよう、そっとガルベースを着陸させるトミー。
そんなガルベースのコックピットに、無線のスピーカから声が響き渡った。
「わっはっは、うしろをとったぞ!」
「うわっ、真木博士! というかデカイオー!」
ガルベースの背後に、ぬーっと、デカイオーが立っていた。
「いつの間にっ!」
「いつの間にも何も、わしらがここでお弁当を食べているところに、お前らが勝手に降りてきたんじゃないか」
「お弁当だと?!」
「そうだ。いづみくんがコルシカ島で買ってきたおみやげだ。おいしいぞ」
「おいしいとか、そういう問題じゃなくてだな……」
「トミーさん、わたしがせっかく真木博士のために選んだお弁当なんですよ! そんな言い方しなくても」
しくしく、という泣き声がスピーカから聞えてくる。
「あああ! デカイオーのやつら、連載中断前と、ノリが全然変ってない!」
「いや、そういう問題でもないと思うけど」
「まあ、落着き玉へ、トミーくん」
デカイオーが、ガルベースの肩をそっと抱きかかえた。トミーが操縦もしないのに、勝手にデカイオーを振り払うガルベース。
「落着いていられるか、きさまこそ、あの光景が見えないのか?」
トミーが、口から泡を吹きながら、「あの光景」を指差した。
「あの光景?」
真木が不思議そうな声で尋ねた。
「そうだ。あの光景だ」
「すみませんけど……ピラミッドの陰なので、見えないんです。何かあったんですか?」
「……あんたたちねえ……」
「いいから見れ!」
トミーが絶叫した。
デカイオーが、ピラミッドの稜線から顔を覗かせた。
闘う巨大ロボット達はそれに気付かない。
静かに、デカイオーは、またピラミッドの陰に隠れた。
「なるほど。良くわかった。いづみくん、これはのんびりお弁当を食っている時ではないぞ。いや、お弁当はおいしかったがね」
ご飯粒をほっぺにくっ附けたままの真木。
そのご飯粒を片手で取ってやるいづみ。そのまま自分の口に入れる。
「そうですね。これは緊急事態だと思います。どうしましょう」
「いづみ!」
「?!」
「あたしはトミーの美人秘書・マリアンちゃんよ。お久しぶりね……といっても、あなたは多分、あたしをおぼえていない」
「マリアンちゃんさん……」
「……いや、マリアンちゃんでいい。さんを附けなくていい」
「マリアンちゃん?」
「いいこと、いづみ。今、エジプト上空に、ドクター秋本のスパイ衛星がきている。そこから怪電波――FB電波が放射されているわ。あのロボット達は、FB電波を遮断する機能が附いていない。あなた達のデカイオーも、ドクター・シュガーの開発したこのガルベースも、対FB電波機構を裝備している。今、二つの選択肢があるわ。一つは、あのロボット達を放置して、先へ進むこと。もう一つは、あのロボット達を助けること。さあ、あなたは、どっちを選ぶ?」
二機のロボットの間に、沈黙が流れた。
そして。
「わたしは、あのロボット達を、助けたい。このデカイオーが、それをできるのなら」
きっぱりと言い切るいづみ。
「良く言ったわ。さすがは……いいえ、何でもない。何でもないの。いいこと、いづみ。そのデカイオーは、そこにいる真木博士と、秋本鶴の作った窮極のマシンよ。この、関節の外れた世界を救い得る、正義のロボットよ。信じなさい」
「わたし、信じます。デカイオーを。真木博士と、母の作った、このロボットを!」
「そう。ならば、行きなさい。早くしないと、あのロボット達、全滅するわよ」
「わたし、行きます。ありがとう」
そして、「せやっ」という掛け声とともに、デカイオーは飛翔した。
「よし。あのノリの良さ、さすがはいづみ」
「おい、マリアンくん……」
とうとう、マリアンの組んだ足に頭をこづかれるようになったトミーが、情けない声を出した。
「あの連中はほっといて、あたしたちは先を急ぎませう」
「なに?」
「こんなこともあろうかと、このガルベースには対FB電波機構を搭載しておいたのだけど、あたしには、かろうじてFB電波を遮断できるだけの性能しか再現できなかった。だから、この場はあの二人に任せるしかないのよ。あのデカイオーにしか、と言うより、あの二人にしか、FB電波の無効化はできない」
「お前が対FB電波機構なんてものを、こいつに装備した、だと?」
「そう……あたしが、どれにしようかな、で選んだというのも、或意味、嘘。あんなの、適当に指差している振りをして、最初から意図した対象を最後に選ぶのを、ごまかすためにした事。このガルベースこと弁慶メカ、これはあたしがあらかじめ、ドクター・シュガーに発注して、完成させていたもの」
頬杖をついて、遠くを見るような目をするマリアン。その頬杖の、肱の載せられているのは、例によってトミーの頭である。
「さっぱりわからん。説明しろ」
「ドクター・シュガーは、世界的な日本史の研究者。その彼に頼んで開発してもらつたのが、この弁慶メカ」
「ドクター・シュガー……弁慶……」
「そう。いざという時には助っ人メカの義経ロボとしずかロボがとんでくるの」
「……」
「そして、衆人環視の場で義経としずかちゃそ合体! 弁慶立往生!」
「ちょっと待て」
「義経ロボは、判官びいきの日本人のメンタリティを利用したロボで、静ロボとともに運用される事で、その効果を最大限発揮する――というコンセプトだったのだけど、予算と時間の関係で、とりあえず完成したのはこの弁慶メカのみ」
「ところで、どうして日本史の研究者がロボットなんて作るんだ?」
「さあ? とりあえず、お喋りしている暇なんてないわ。あの二人が追いついてこないうちに、あたしたちは早くスタンプを貰って、次の目的地、モスクワへ向かうのよ」
一方のデカイオー。
「非道い事になっている。どうしたものやら」
ロボット達がぼろぼろになって、それでもまだ戦いをやめない修羅場をモニタで見ながら、真木はうめいた。
すると、いづみが、もう一つのコルシカみやげ――懐中時計を取り出した。懐中時計は、オルゴールになっていた。鋼の蓋を開けると、メロディが流れ始めた。
「……愛で人が殺せるのならば、憎しみで人を救えるかも知れない……」
感情の欠けた声でいづみが呟く。そして。
「デカイオー――そは古よりの運命の名。神より義とされし者」
二人で、呪文のように、同じ文句を繰返す。
しばらくして、いづみが目を見開いた。いづみは、操縦桿を握り締め、デカイオーを動かした。
「往生せいやー」
気合の入った叫び声。
「ムーンティアラ・あくしょーん」
デカイオーは、例のかわいらしいティアラを額から外し、フリスビーのように投げた。ティアラは次々とロボット達を切裂いた。
「りふれーっしゅ」
ずざざざーっと砂を崩しながら、ロボット達は動くのをやめた。
一方、デカイオーのコクピットのモニタには、ブルースクリーンが出ていた。
セーフモードでむりやり動かされていたデカイオーは、ティアラを放り投げてしまった今、完全に沈黙していたのである。
真木が、何かを読み上げるように、呟いた。
「デカイオーが沈黙から目覚め、その恐るべき力を発揮するのはいつか。人類滅亡と言われる日まで、あと……」
「うるさいよ」
茫然としながら、いづみがつっこんだ。
冷房も止まったデカイオーの中で、二人は修理をはじめた。
作者も、思いつきで始めたロボットレース篇が、こんなに長引くとは思ってもいなかった。そして、それが原因で、この下らない話が中断し、公開停止になっていたのである。この事は、黙っていれば、誰も気付かなかったであろう。しかし、それが真実である。
次回「モスクワの赤の広場」。と言うか、次回はどんな話になるのだろう。次回もさーびすさーびすぅ。