スタジアム遠景。徐々にズームイン。だだっ広い会場にロボット、ロボット、ロボット……。
だが、会場は静まり返っていた。
なぜか?
待っていたのだ、ロボット達――正確にはコックピットに坐ったり立ったり寝そべったりしているパイロット達――は。
何を?
合図をだ。
合図?
そう、合図だ。磐梯山のある……それは会津。
「位置について……」
地の文で、詰らない駄洒落を言っている間にも、話は進む(謎)。ロボット達の整列する正面に据えられた台の上で、例のじじい――もとい、ドクター秋本がおもちゃのピストルを掲げていた。
「用意」
静けさの中に、ぴんと張詰める緊張。そう、ロボットレース開始の合図が、これから宣せられようとしていたのだ!
秋本は、口許をぴくつかせながら、のたまつた。
「ドン! と言ったらスタートだよ」
ロボット達は、一斉にずっこけた。
「ばかやろ〜!」
ブーイングの嵐が会場を吹荒れ捲った。なぜか座布団が大量に舞った。
「オロカ……ブ」
ガルベースの狭苦しいコクピットで、ニセ外人美女のマリアンちゃんが、なぜか十二単を着て、妙な効果音にあわせてポーズを取っていた。その光景を見ながら、ドクター・トミーは首をかしげた。
画面、フェードアウト。
鋼鉄面皮デカイオー
例の主題歌。
レースははじまっていた。
デカイオーのコックピットに設置されたモニタは、たくさんのロボット達がめいめい勝手な手段で移動する様を映しだしていた。
「ガルベースはどうだ?」
真木博士は、ペットボトルの烏龍茶を紙コップに移しながら、花の16歳(第1回の記述は大嘘というか作者がその後忘れてしまった設定――なのだが、公開以来一度も間違いを指摘されなかった、みんなひどいよ)秋本いづみに尋ねた。
操縦席に坐ったいづみは、ダイアルをいじったり、ボタンを押したりした。
「恐らく……イギリスに向うみたいです」
「イギリス? なぜわかった?」
真木は、紙コップを渡しながら尋ねた。
「カンです」
「カン?」
「ええ、カン」
さらりと受流して、いや、受流した積りになって、いづみは烏龍茶を口に含んだ。
「カンだなんて……根拠はないのか?」
真木は何気ない口調で再びきいた。
「……根拠って、先生、先生は私の事が信じられないんですか?」
いづみはまっすぐ前を見据えたまま答えた。
「信じるも信じないも……カン、って、いづみくん、カン……」
「ひどいです。先生、先生だけは私の事を信じて下さっていると思っていたのに」
頬に涙が一筋伝った。
真木は慌てた。
「いや! わしはいつだっていづみくんの事を信頼している! だから……」
「嘘です。先生は私の事なんて信じていらっしゃらないんです」
断定。
「ちょっちょっちょっと待て! なんだ、何でそんなに絡むんだ、いづみくん」
「絡んでらっしゃるのは、先生でしょう? 人のせいにしないで下さい」
なぜか鼻をすすりあげるいづみ。
「人のせいになどしとらん! わしは……わしはただ、根拠をきいただけだ」
「根拠、根拠、根拠……どうして先生はわたしを詰問なさるんです?」
「詰問じゃない! 頼む、絡まんでくれ!」
「絡んでるのは先生です……」
なぜか、二人の間の会話は急激に不毛と化していった。些細な言葉から、誤解ははじまり、誤解は雪だるま式に膨れ上がる。
「そうよ、ガルベースも雪だるま型ロボットにすればよかったのよん」
ガルベースの狭苦しいコクピットで、トミーにぴったりくっついた謎の美人秘書マリアンちゃんが呟いた。
「ドクター・シュガーに依頼したのが間違いだった……」
「おい、いいかげん盗聴し続けるのはやめろ」
前回からず〜っと繋がりっぱなしの無線回路をドルビーサラウンドスピーカに繋いで、新たなる5.1chの理想的な音響設計の施された音声を(無意味)聴いているうちに、何かごにょごにょ独白を始めたマリアンちゃんに、トミーは注意した。
「何を言ってるのよ、ボス。盗聴されるのは、される方が悪いのよん。そもそも、ボスだってずーっと一緒に聴いてたじゃないの」
「それはそうだが……必要な情報は手に入ったんだ。これ以上、アンフェアな事は続けたくない」
「そうね、あたしたちがイギリスに向うとあいつらが勝手にかんちがいしたって重要な情報は手に入ったわ。でもね……」
「でも?」
「なんかいい雰囲気じゃない、あの二人?」
「いい雰囲気……?」
スピーカからは、涙声のいづみと、理不尽な少女の怒りにどうすればよいのか全く解らなくて困りつつも、女の涙には勝てぬという非常に凡庸かつ俗っぽい常識に従っていづみを慰める真木の声がしていた。
「うん、女がわがまま言って、男が困ってるところって、あたし、大好き」
「お前、本当に嫌な女だよ」
トミーはその言葉を、口の中に留めておいた。口に出してしまって、マリアンに因縁をつけられたら嫌だからだ。
「……わたしは、いらない子だったんだ!」
「そんな事、わしは言ってないだろうがっ!」
スピーカの彼方では、再び修羅場がはじまっていた。
「いいぞやれやれ、いづみ! さすが女の子!」
マリアンは、顔を紅潮させて喜んでいた。
「お互い、同乗者には苦労するな」
珍しく、トミーは真木に同情していた。もちろんこの台詞も、トミーは口に出さないでおいた。
霧の街ロンドン。
「うわ〜なんか分裂症的に唐突な場面転換!」
ガルベースのコクピットで、マリアンちゃんが叫んだ。
「話が進まないからって、がんがん途中経過をすっ飛ばせばいいってものでもないでしょうに」
1キロメートル先も見えない濃霧の中を、ガルベースは飛行していた。
「というか、1キロメートル先が見えたら、霧ではなくて、靄だ」
トミーが蘊蓄を垂れた。しかし、そんな言葉など耳に入らないかのような風情で、マリアンちゃんは持参のお煎餠をぱりぱりと音を立てて齧っていた。
どんよりと流れるテムズ川にビッグベンが映る……。
「映らねえよ」
一々地の文につっこみを入れるトミー。しかしトミーは、マリアンちゃんの言動には、つっこみを入れる勇気がないのだ。
「黙れ」
「それにしても、真木博士といづみはどしたのか知らん?」
トミーと地の文の会話を遮るように、マリアンちゃんが割って入った。(謎)
「……ねえ、地の文?」
なんだ?
「なんだか知らないけれども、この小説、アニメパロディだからってストーリー展開、やたらと会話に依存してると思わない?」
……それはまあ確かにそうですな。
「でしょ? それって小説としてのアイデンティティにかかわる重大な問題だと思うわだってあたしは小説原理主義者だけどいいのどうせあたしはしがないアニパロ屑小説の一登場人物ヒロインでもなんでもないその場の思いつきで作者がでっち上げた通りすがりの脇役作者に意見するなんてことは許されないのにもかかわらずあたしは言う」
なんだそれは?
「地の文、というより作者、あんた、あたしに適当な事を喋らせて、字数稼ぎしてるけど、そんな事をしてるうちに、また話が停滞してるわよ。せめて、真木といづみの状況くらい説明しておいたらどう?」
……もっともである。たしかにマリアンちゃんの意見は正しい。ここはこの嫌み女の言う事に従っておこうか。
「何よ嫌み女って?」
マリアンちゃんの抗議は、黙殺された。マリアンちゃんはしょっくをうけた。
説明しよう。真木博士といづみの乗ったデカイオーは、大西洋上でガルベースを追越し、もうスタンプを貰って、次の地点に向っていたのである!
やっぱり、地の文と無駄話をして遊んでいたマリアンちゃんとそのしもべの乗るガルベースは、駄目ですねー。
「こら。何がマリアンちゃんとそのしもべだ。しもべはマリアンちゃんの方で、私がこの糞女のボスだ」
「糞女って何? なんか凄いセクハラ的誹謗・中傷発言だと思うけどあたしは心も広いし胸も大きいの本当よ信じてのマリアンちゃん。ともかくボスがいつの間にかあたしのしもべになったのは全然OK」
「わけわからねえよ!」
そうこう口喧嘩しているうちに、ガルベースはチェックポイント・ロンドンはケンジントン公園に到着、待っていた係員にスタンプを貰う事となった。
係員は巨大マニピュレータがつまんでいる巨大スタンプを、ガルベースの差出すスタンプ帳に押そうとしていた。
その瞬間。
「あ、ちょっと待って!」
マリアンが叫んだ。
「いいこと、あたしの掛け声を聞いてから、スタンプを推して、お願い係員さん!」
嘆願のポーズ。すれ捲り嫌み女の素性をひた隠しに隠してマリアンちゃんは係員に媚びた。でも、係員は気が長い、待てと言われて素直に待つ良い人だったので、マリアンちゃんは本当は媚びなくてもよかった。でも、この女は、媚びるのも好きだった。
「じゃあ、いくわよ」
スタンプがスタンプ帳の上に静止した。
「ぽちっとな」
すかさず係員が謝った。
「あ! ごめん失敗した」
スタンプが斜めになっていた。
「……必ずまっすぐに判子を押せる秘技があるんだけど……」
きになるひとは、ぐぐってみよう(謎)。
ガルベースにとっての受難は、そのあとだった。べとべととした濃霧の中から、蕭々と雨が降りはじめたのである。
「大丈夫。わがトミーの辞書に、雨漏りという単語はない」
えっへん、とトミーが狭苦しいコクピットの中で胸を張った。
「狭いんだから、胸を張るのはやめてボス。どうせあたしに敵いっこないんだし」
「なにが悲しうて俺がお前に胸の大きさで張合わにゃならんのだ」
話が進まないので、胸の話題はやめてくれ>二人。
「まあ、あたしの方がボスより胸があるという事で勝負は決着という事にして、ボスの辞書に雨漏りという単語がなくたって、関係ないわよるんるん」
「今一つ釈然としないが、……」
トミーが恨めしそうにマリアンの胸を見る(多分違)。一方、狭苦しいコクピットの中で折畳み傘を取出して広げようと、マリアンは四苦八苦していた。
「まあ、胸はともかく……このガルベースに雨漏りは存在しない、と俺が明言して何が悪いんだ」
トミーは、折畳み傘の骨の先に目をつっつかれそうになるのを避けながら、抗議した。マリアンはその抗議を一周したもとい一蹴した。というか、狭いコックピットで傘を一周させると危ない。
「だってこのガルベース、あたしがどれにしようかなで採用を決めた『ドクター・トミーと愉快な死ね死ね団』第壱號メカなのよん。って事はつまり、ボスが作ったメカじゃないから、ボスが威張る筋合じゃないの」
「いや、その『ドクター・トミーと愉快な死ね死ね団』ってのはやめてくれないか」
「いいじゃない。なんか変で」
「変なのを喜ぶのはやめろ!」
「喜んじゃいないわ。面白がってるだけよ」
「そういうお前の態度が嫌なのだ!」
なんか頭を抱えているトミー。どうもよくわからないが、何らかのトラウマと化しているようないないような、そんな感じの頭痛をトミーは感じていた(謎)。というか、話がまた進まなくなるので、マリアンは「ドクター・トミーと愉快な死ね死ね団」について今は触れないように。そのうち話が詰まったら、いくらでも議論させてやるから。
「というわけで、ガルベースのコクピットには雨が降る。Singin' in the rain〜♪ それから『触れないように』と『降る』の駄洒落に気付いた電波な人がいたら、あなたも作者の仲間」
どうにもならない狂気が狭いコックピットに充満する間に(違)、ガルベースの外部ではもっと非道い事がはじまろうとしていた。
「そうだわ。スタンプ帳は雨に濡らしちゃいけないんだったわ」
マリアンが叫んだ。今の今まで下らない「地の文との会話」だの「上司いじめ」だのを楽しんでいた女とは思えない真剣な表情だった。
「おおそうか。雨が降ってきたのか。出かける前に洗濯物を取込んだっけかな」
「のんきな事を言ってないでボス! スタンプ帳が濡れたら大変よ」
ガルベースの首から紐でぶら下ったスタンプ帳に雨がしっとりとしみこんでいく。マリアンは何かボタンを押したりレバーを引っぱったりしてガルベースを操作した。(好い加減な描写だな)
「ガルベース、臨時着陸!」
「なんで臨時なんだ?」
「適当な事を言ってみたけどボスの指摘は珍しく正しいわねじゃあ言直す強硬着陸」
「珍しくは余計だし、強硬は強行の間違いだ」
「あたしのせいじゃないの作者が悪いの誤変換はちゃんと直してよ>作者」
「『珍しく』も訂正しろ」
「いいじゃないボスはあたしのしもべとさっき決ったんだから」
「決ってないっつうの!」
などなどわけのわからない会話の続いているうちに、ガルベースの降り立ったのは、ロンドンの中心街――ベーカー街だった。というか、作者が地名を調べる手間を省いて、知っている地名を適当に並べ立てているのはミエミエだった。ひどい小説ですねー。
降り立ったガルベースの目の前には、傘屋があった。
トミーはカウンターの向こうの親父に声を掛けた。
「おーい、蝙蝠傘一丁!」
「へーい、お待ち」
親父は巨大で先の尖った、黒光りのする蝙蝠傘をクレーンで店の背後から引起すと、そのまま釣下げて店の前まで持ってきて、ガルベースに渡した。
「おう、すまないなあ」
「いえいえ、旦那にはいつも世話になってやすから」
「じゃあ、少いが、取っておいてくれ」
ガルベースの下腹部から、トランクが滑り落ちた。親父が拾って開けてみると、金塊が詰まっていた。
「おおきに」
「じゃあな」
ガルベースは巨大蝙蝠傘を広げると、せやっ! と叫んで飛立った。
コクピットの中で、マリアンがジト目でトミーを睨んでいた。
「……知合い?」
「ああ。祖父の代から、うちはロボット用巨大蝙蝠傘をあの店で調達している」
「どうでもいいけどあの親父、江戸っ子だか難波っ子だか、わけがわからないわね」
「作者は、三行書くと設定を忘れるらしいぞ」
一方、こちらはデカイオー。
「見よ、いづみ君! あれがパリの燈だ!」
「まだ昼間ですけど」
「そんなわけで、今回は終りだ」
「えー」
パリは思い出の街。真木博士の秘められた過去が今明かされる。はげる前の博士が出逢った謎めいた女性。彼女は今どこに?
次回「イニシエーション」。初恋は、成長の儀式。