第一話 デカイオー登場!

プロローグ

 その日は春も遅い、何だか蒸し暑いような、よく晴れた気持ちのよい――まあ、一言で言って仕事をさぼるには最適の日だった。しかし休日だったので、例えば営業が出先から逃亡する事はなかった。しかし営業という仕事は因果なもので取引先の要請があれば休日出勤にもなるのだが、営業の仕事がいかに辛いかは語り出すと止まらないので早速本題というかストーリーの方に入ろうとしよう。

 とりあえずたいていの企業に就職すると最初は営業に回されるので、頑張るように。どうせ3ヶ月もすれば観念して&慣れて、それなりの仕事を出来るようになるか、できなくて辞めるようになるので安心する事。

デカイオー登場!

 さて、話はというと。舞台は渋谷……


 センター街を襲った巨大魔神――その操縦席から異様な笑い声が響いた。

「どうだ、参ったか。わしはコギャルが大嫌いなのだ。てめえら死ね死ね――だからといってわしは死ね死ね団ではないぞ。なんか今死ね死ね団がかな漢字変換プログラムの辞書に登録されていたのだがそれはともかく、わしの名はドクター・トミーだ。天才テレビくんも真っ青の天才なのだ」

 それってたいした天才ではないような気もするが、作者はその番組を見た事がないのでコメントは控える。

「それにしてもやかましいが気にしないのがわしの取柄だ」

 再び異様な笑い声が、操縦席の両脇に設置してあるスピーカからきこえてくる。ドクターがうるさいと思ったのはドクター本人の声だったのだ。ドクター・トミーには「防音」の概念がなかった。

 地上ではコギャルと茶髪のぷう太郎どもが逃げもせずに、馬鹿みたいにロン毛な巨大魔神を指差して笑っていた。

「なんだありャあ?」

「きゃー、ばッかみたァい」

 何がおかしいのかというと、巨大魔神は超合金の玩具を大きくしたような鋼鉄巨大ロボットなのに、頭部に直接ロン毛がまとわりついているのだ。人の頭部のカリカチュアのような顔をしているくせに髪が生えていてロン毛なのは確かに馬鹿みたいだ――しかし、ドクター・トミーは巨大魔神と同時に育毛剤も開発していて、手っ取り早い実験台にその巨大魔神を使ってしまったのだからしかたがない。とりあえず、機能的に障害はないというので本人は納得しているのだが、なんか違うだろうというつっこみは可能だろう。それから無機物に毛はえ薬が効くのは科学的に変だというつっこみは無用である――いいの、どうせこの話、ギャグだから。

 ギャグとはいえ、さすがに迷惑千万なものだから、機動隊が出動した。最初は自衛隊を出動させようかという話だったのだが、都心だし、色々うるさい連中がいるのでという理由で取止めになった。うるさい連中はプラカードやビラを用意して反自衛隊のデモの用意をしていたが、自衛隊が出てこないのでがっかりした。でも連中は反ドクター・トミーのデモはする気はなかった。敵の敵は味方。

 それはともかく……

 機動隊が楯を持ってきて取り囲んでも、巨大魔神は身長20メートルなのに座高が5メートルしかないので意味がなかった。十五メートルもある長い脚でどんどんまたいでいってしまうのだ。ちなみに何でそんなに足が長いかというと、短足のトミーのコンプレックスに於ける代償行為なのだが、トミーは身長も低いので本当は足だけ短いのではなく、身体のバランスはとれているのだった。一般に本人の感じているコンプレックスというものは、他人が見れば全然たいした問題ではないのだが、一般化してもトミーには何のメリットもないので放っておこう。トミーは他人の言う事はきかないのだ。

 さて、先程から相変わらずずっと笑いながら破壊行為を続けていたドクター・トミーだったが、そのうち虚しくなってきた。

「詰らん! わしに対抗出来る奴はいないのか! いなきゃ帰るぞ」

 機動隊の隊長は一瞬喜んだが、次の瞬間がっくりきた。

「待て!」

 突然、空の彼方から声がしたのだ。

「ドクター・トミー。今日という日を待っていたぞ! 我が正義の巨大ロボ・デカイオーが御相手する!」

「なんだ、迷惑な」

 機動隊の隊長の嘆息は、デカイオーなる巨大ロボットにはきこえなかったようだ。それにロボットがきいてもどうにもならない――パイロットがきく耳持たねば意味がないのだ。そして、デカイオーには、きく耳持った人間が乗っていなかった。

 次の瞬間! 着地したデカイオーの、ロボットらしい偏平足がハチ公の銅像を踏み潰した。ちなみにデカイオーは短足だった。それから上のふたつの段落では、嘆息と短足の洒落を言おうとしていたのだが、わかりにくいかもしれない。

 三千里薬局をはさんで、2体の巨大ロボットが対峙した。

「デカイオー? きいた事がないな。貴様、何者だ」

 トミーの質問に、落着いた声が返ってきた。

「名をきくのなら、先に自分の方から名乗るのが筋」

「そうなのか。世間の事はよく知らぬのだが……わしはドクター・トミーだ。この巨大魔神――そうだな〜なんて名前にしようかな〜――大魔神だからササッキーだ!――巨大魔神ササッキーを使って世界征服を企む悪い博士なのである! それにしても名前というのは、先にきいた者負けのような気がするがいかが?」

「うむ。それはその通りだ、ドクター・トミー。さすがはわたしの宿命のライバル……」

「宿命のライバル? するともしかしてお前は、日本の誇る異常天才科学者・ドクター真木ではないか?」

 デカイオー側のスピーカが、一瞬沈黙する。あたりからは瞬間的に音が消えた――コギャルの携帯の着メロがきこえるばかり。でも着信音に「残酷な天使のテーゼ」を使っているのはアニメオタクだ。

 渋谷のまんだ●けから逃出したオタクが火事場泥棒的に古漫画を抱えて、戦果を早速謎パー機でインターネットに接続してネットニュースで報告している。一方、特撮オタクは寄集まって、巨大魔神とデカイオーの造形の拙さに悪口の花を咲かせていた。オタクにとって、悪口が言える共通の対象がある事は、コミュニケーションを取るのに一番の糸口になる。でもそれはトミーと真木にはきこえていなかった。

「確かにわたしは真木博士だが――名乗らせてくれたっていいじゃないか」

 デカイオーのパイロット・真木博士は泣きそうな声で言った。

「すまない事をした。闘いの前に名乗りあうのは、マッドサイエンティスト界の常識だからな」

 世間の常識は知らんくせに、何でそういう内輪の常識は知っているのか謎。

「今回は礼を欠いてしまった。機会を改めようか」

 トミーの言葉に機動隊の隊長は糠喜びした。

「いや、構わん。ここで決着をつけよう。屈辱のあの日から、今日のためにこのデカイオーを開発してきたのだからな」

 デカイオーは右手で背中から巨大なハンマーを取出した。

「必殺!」

 デカイオーは左手で巨大な釘と藁人形を取出した。

「五寸釘」

 渋谷駅前のノヴァが入っているビルに、デカイオーは藁人形を五寸?釘で打付けはじめた。ちなみにこの藁人形用の藁は、真木博士がこの日のために巨大化の品種改良を稲に地道に施してきたものである。ただし、穂は大きいが米粒は大きくないので全然実用的でない。

 かァんかァんという音が虚ろに若者の街に響きわたる。

「おい!」

 ドクター・トミーがたまらず声を掛けた。

「なんだ?」

「二つ、つっこみを入れさせてもらおう――ひとつ、その釘は五寸釘ではない。ふたつ、その呪いは誰かに見られたら自分に返ってくるから止めた方がいい」

「おおっ。何という科学的なつっこみ!」

 違うと思う。しかしデカイオーは大袈裟にうろたえるポーズをとった。

「わかったか。ならば尋常に勝負しろ」

「しかたがない。最初のギャグははずしたという事だな」

 ギャグかい。

「ならばつぎの手は――」

 胸から3本目の手が生えてきた。

「つぎの手……いまいち詰らないからやめ」

「やんなっ!」

 茶髪の男が脇でぺたりと座込んでガムを噛んでいるコギャルにささやいた。

「あのロボットたち、親父ギャグ合戦やっているみたいだな。どっか行こうぜ」

「そォね」

 コギャルはロボットにも茶髪にも興味がないみたいで、動こうともしなかった。万事興味なんてものを持たず、単に惰性で生きるというのがそのコギャルの信念だった。まあ、信念をもってコギャルをやっている少女がいても構わんのだが、ろくな信念ではないな――と、それだけ。

 一方ロボットたちはというと、いつの間にかがっきと組合って、力比べの様相を呈していた。

 巨大魔神ササッキー(いまいちなネーミング)は意外な事に、全身のバランスを考えるとちょっと小さめのボディに強力なパワーを秘めているらしく、腕の力はデカイオーと互角だった。

「デカイオー、やるな」

「ササッキーもな」

 トミーと真木は、それぞれの操縦席の中でにやりと嗤った。当然自分の方が最後に勝つとどちらも根拠なく思っている。

 ところが。

 ばき。

 ササッキーの腕が折れた。

「おお、骨折り損のくたびれ儲け!」

 ドクター・トミーが悲鳴をあげた。悲鳴ではないようにもきこえるが変人の悲鳴は変なのが当り前だろう。

「お次は、こんどこそ必殺技だ!」

 真木博士が叫んだ。

「今日のこの日のために開発したバリカンだ!」

 どこからか巨大バリカンを取出したデカイオーは、ササッキーの髪を刈りはじめた。ちなみになぜササッキーが長髮ロボだということを真木が事前に知っていたかは不明。

「やめろー」

 トミーの悲鳴を無視して、デカイオーはササッキーの髪を刈り終えた。見事な虎刈りになった。

 デカイオーはどこからか手鏡を出してササッキーに突きつける。ササッキーは顔面を紅潮させた。頭のてっぺんから湯気が立っていた――怒りのせいか、恥のせいか……否、違った。ロン毛がないとササッキーは冷却がうまくいかないのであった。

 見る間にササッキーの全身が真っ赤に灼熱していく……。

「く、くそ……おぼえていろ真木、この屈辱はいつか晴らす!」

 トミーが苦しげな叫び声をあげた次の瞬間、ササッキーはどかーんと爆発した。トミーは脱出ポッドで脱出した。

 デカイオーは満足そうに頷くと、そのまま飛んで帰ればいいのに、のしのし歩いて帰りはじめた。邪魔な建物はげしげし壊して道を開いた。あとには踏み潰されたさくらややビックカメラやJ&Pが残った。

エピローグ

 夕方――夕陽が地平線の彼方に落ちていくのが見えた。つまりここは田舎である。

 田んぼの真ん中に建物がある。玄関のところに看板がある――真木国際漢文研究所。真木博士の秘密基地である。

「ただいま」

「おかえりなさい、真木博士」

 疲れ果てたような真木を、極めつけの美少女が出迎えた。

 彼女の名を秋本いづみという。肩までのストレートの髪はこげ茶色。大きな瞳が愛らしい。菫色のブラウスに白のミニスカート姿。小柄な十七歳の娘である。

 中年親父の真木博士になんでこんなアシスタントがいるのかは別の機会に騙ろう――もとい語ろうと思う。

「お夕飯は何になさいますか?」

「納豆」

「今夜は十兵衛焼きを作ろうかと思ってましたけど……」

「夕飯にはそういうオタッキーなものは却下だ」

 なぜこの親父が十兵衛焼きを知っているのかは不明。

「わかりました、明日の朝食を楽しみにしてて下さいませ」

 にっこり。

「……」

 この娘、こういうオタクなところがあるのはいかんなと真木は思う。しかしそういう真木自身、自分がオタクだということに気づいていないのだが。

 二人でテーブルについて、向い合って食事をはじめる。

「いただきま〜す」

 父親と娘みたいだが、他人同士である。

「今日も疲れた」

「あんまり研究に根をつめると、お体に障りますよ」

「うむ、気をつけよう」

 研究など全然してない気もするが、ほのぼのとした雰囲気なのでつっこみ不可。

「そろそろ漢文学会の季節ですね」

「ああ」

 真木の本職は漢文研究家なのである。「漢文●本」等の著書がある。

「返り点に関する研究の成果、いよいよ発表できますね」

「そうだな」

「あたし、先生のレ点についての学説、本当に素晴らしいものだと思っています。頑張って下さい!」

 漢文大好き少女など世の中では珍しいと思うが、いづみはその一人である。

「うむ」

 うるうると瞳を潤ませるいづみに、真木は鷹揚に頷いて見せた。何事であっても、なんか勘違いしているような娘であっても、理解者があるというのは嬉しいものであるのだろう。

 そうこうするうち食事が終った。(真木が醤油差しをひっくり返したとか下らない事件しか起きていないので省略)

 箸を置くと、二人は手を合わせて一緒に言った。

「ごちそうさま」

 そして、それぞれ自室に引っ込んだ。


 自室で真木は呟いた。

「いよいよトミーの坊や――もとい野望が開始された。いよいよわが安楽の日々も終りを告げるのか」

 面積二十疊以上、天井までの高さ四十メートルという広大な自室で、すっくと立つデカイオーを前にして、真木はものすごく楽しそうだった。

次回

 真木にこけにされたドクター・トミーの反撃が開始される。豪腕魔神マツザカーを操り、東京タワーを破壊せんとするトミーの暴挙に、真木はいかに立向かうのか。

 戦え、真木博士! ゆけ、恐怖のオヤジロボ・鋼鉄面皮デカイオー!!

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