制作者(webmaster)
野嵜健秀(Takehide Nozaki)
公開
1999-09-25

『日本の將來・憲法のすべて』

まへがき

日本は歐米先進國と比較した場合、近代的な立憲國家としての歴史はまだ淺く、せいぜい百年しか經つてゐない。それでゐて成立以來最年長の憲法を持つてゐるのは、その吾が日本である。百年間、改憲をしなかつた國は歐米には一つも無い。

……(略)……

なぜ日本だけが唯一の例外になつたのであらうか。

……(略)……

いづれにせよ、日頃騷がれるほど實際には附合ひの無いものであるから、新憲法はいつまでも生娘のやうに初々しく、永遠に新憲法と呼ばれ續けるであらう。從つて定着はしない、その必要も無い、大部分の國民はさう考へてゐるに違ひない。なるほど眞に定着したものなら、礎石が崩れる心配は無い筈であるから、安心して改憲を話題に上せるはずである。改憲がタブーになつてをり、世界最年長の大年増でありながら、依然としておぼこ娘を氣取つてゐる限り、新憲法は國民生活に定着し、使ひ慣れたものとは言ひ難い。

私個人としては新憲法を女郎の誓紙同然にしか見てゐない。もし私自身が何か必要に迫られて違憲行爲をしなければならぬ羽目に陷つても、憲法は私に對して何の抑止力にもならぬであらう。そもそも自分がしたい事をし、言ひたい事を言ふ時に、それが違憲か合憲か、一々憲法を參照して見る氣にもならない。あんな憲法よりは私の常識の方が權威があり、人間性に深く根ざしてゐると思つてゐるからである。私ばかりではない。多くの日本人がさう思つてゐるはずである。自ら護憲を唱へる人でさへ肚の中ではさう思つてゐるに違ひない。

それなら改めてここに憲法を問題にし討議する必要は無いといふ事になる。しかし高木書房に寄せられた讀者の希望によると、新聞の次は憲法なのである。……『憲法のすべて』を出して貰ひたいといふのは、やはりそれがタブーになつてゐるからであり、それがなぜタブーになつてゐるのか、その經緯、實情を知りたいからであり、そしてそのタブーから逃れ、憲法に保障されてゐるといはれる「言論の自由」を得たいからであらう。

日本國新憲法の問題は法律の問題であるよりはむしろ精神衞生の問題である。今の憲法の善し惡しを逐條的に論じるよりは、憲法といふ概念と吾々との關係がどうなつてゐるのか、どういふ風にして出來上つたのかを檢討し、新憲法の社會的精神分析を行ふ事が何より必要と思はれる。


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