公開
2010-12-07

渡辺銕蔵『天皇のある国の憲法』

書誌

「序」より

敗戦日本はマッカーサー元帥の英文日本憲法草案を翻訳して、之を目本国憲法原案として議会で審議可決し制定することを強要された。当時の日本政府はGHQの占領政策を実行する機関に過ぎなかった。議会も亦デモクラシーを標榜する道具であった。そしてGHQの背後には極東委員会が発言権を持ってをった。この日本国憲法が日本国民の自由意思によって作られたもので無いことは多言を要せぬ。

現在日本が既に独立を獲得した以上は、この日本国憲法は「第九条の戦力を保持せず」「交戦権を認めず」という規定其他実情に即せざるものが多々ある。殊に前文にある「われわれは諸外国民の公正と信義に信頼して生存と安全を保持することを決意した」とある語句は、独立国の建国基本精神として甚しく不適当である。それは国民精神を堕落せしめるものである。

「現行憲法を廃棄し自主憲法を制定すべし」より

先ず第九条の存在は独立後の日本にとって最大の障害である。その理由は

  1. 有効な戦力の保持に支障を生ぜしめ、且つ交戦権の否認は独立国家存立の重要条件に背馳する。
  2. 米国との安全保障条約を誹謗せしめ、国際連合に対する協力義務遂行を困難ならしめる。
  3. アジアにおける自由共産両陣営の戦力均衡に不利を生ぜしめる。
  4. 自衛隊の志気、及び国民との関係に悪影響を生ぜしめる。
  5. 日教組、総評、全学連、所謂「進歩的文化人」、社会党等の共産党戦線団体の謀略と宣伝に利用される。
  6. 青年、婦人の誤解を助長し、中立論、親共論を拡大せしめ、社会党の党勢拡張に利用される。
  7. 議会運営の渋滞及び政治の混乱を増長せしめる。

私は憲法九条を「ポツダム宜言の受取証書」 「無条件降伏の詑び証文」と称しておる。占領当時は連合国側は日本と独逸に対する制裁と、将来の安全に対する保障に夢中であった。然しながら芦田均君が常に言っておったように「舞台は回っておる」日本と独逸に対する制裁はもはや充分過ぎるほどである。日本は独立した、そして将来に対する安全の保障は今や共産国家の浸透と侵略に対して向けられねばならぬ。日本も独逸もこの新しい舞台で、反共共同防衛の一役を担わねばならぬのである。即ち第九条の存在は独立国家存立の条件に背馳し、現実の国際的政治危機に際して、自国と世界の安全保障に対する日本の使命の達成を妨害するものである。 「解釈」によって一時を糊塗して政治と言論の紛糾を繁からしむることを止め常識による明確なる決定を行わねばならぬ時期が切迫しておる。

次に現行憲法の最大の欠陥の一つは国民の権利義務に関する章である。この憲法は本質はもとより占領基本法である。占領下においては日本国民は占領軍司令部に対して忠誠を守らねばならぬが、日本政府は占領軍が日本に対してその占領政策を実施するに当って使用する道具に過ぎない。この故に現行憲法の第三章は国民の権利義務と題しておるが、その実は国民の国家に対する基本的義務は全くその影を認めることができぬ、即ち日本の国家は占領下においては消滅しておったのである。この故にいやしくも日本が独立した以上は、先ずもって憲法に日本国民の国家に対する基本的の義務を規定せねばならぬことは言うまでもないことである。

国民の国家及び公共に対する義務を規定すると共に、国家が公共の安寧と秩序の維持に関する責務を遂行するために必要な規定を設けねばならぬ。是等の点に関し各国憲法に一般的に規定されてあるものは左の如きのものである。公務員に関する義務は特に厳重に規定されてある。

  1. 国家及び公共団体に対する忠誠の義務及び奉仕の精神
  2. 憲法及び法令遵守の義務
  3. 祖国防衛の義務
  4. 公共の財産保護の義務
  5. 祖国に対する反逆行為及び軍事力破壊行為の厳罰
  6. 公共の安寧秩序の維持に関する規定
  7. 緊急事態に関する規定
  8. 団結権に関する制限規定

少くとも以上の如き規定を憲法中に設けることは独立国としての日本の存立を図る上において 絶対に必要である。

更に国会及選挙制度について大いに改革を必要とする点がある。

  1. 参議院の構成及び選挙制度についてはその本質を発揮し得るよう根本的の改革を行うこと
  2. 一般に選挙制度に関しては自由、平等、.秘密の原則のみを憲法に規定し、選挙年齢、選挙資格選挙方法、任期等は法律の規定に譲ること。
  3. 団体及び政党に関する規制規定を設くること。(例えば、西独基本法、第九条、第二十一条の如き)

尚お国民の権利義務に関する章中にある刑事訴訟手続に関する多くの規定は之れを省き、法律 の規定に譲ること。


現行憲法の本質が占領基本法であることは説明を要しない。又その制定の経過が占領軍司令部の強要によるものであることは、私が当事者である松本烝治博士より直接に幾度も繰返し説明されたことによって明かである。政府の憲法調査会の会長である高柳賢三君が米国訪問より帰来して、少しも占領司令部の強要ではないように説いておるようであるが、少くとも極東委員会の後押しによる、占領司令部の強要であったことは疑いを容れぬ。過去に敗戦の経験を持たぬ日本は独逸人のように憲法制定を排斥して、基本法を制定するだけの勇気も知識も無かったし、又フランス憲法九四条の規定のように「外国軍隊の占領下においては、憲法の改正に着手したり継続してはならぬ」という原則を承知してなかった。又たとえ是等のことを知っておっても国体護持という、絶対的の要求のためには占領軍の施策に対する抵抗力の弱化されたことはやむを得ないことであった。

然しながら上述の如く現行憲法には、その占領基本法である本質上独立国家としての日本の存立と安定のために根本的の欠陥があり、旦つ有害、無用の規定もあり、その文体も直訳的である。全体が日本人のものではない。かように時の経過と事情の変化によって、自然的に部分的に廃物となりつつありかつ元来日本入のものでない占領基本法を基本として改正に着手することは徒に手数を掛け、或いは無用の論争を生じる憂いがある。それよりは寧ろこの憲法を全面的に廃棄して新に日本入の手によって自主的に憲法を起案することが実際的である。殊に日本人の誇りとしても是非共かくありたいのである。

但し、この憲法はその第十章に「最高法規」の一章を設け、その九九条に「天皇、大臣、国会議員等はこの憲法を尊重し、擁護する義務を負う」とあり又前文に「日本国民は……この憲法を確定する」とあり、九六条の改正手続は国会三分の二の多数決と国民投禀の過半数を必須要件としあらゆる点よりこの憲法の改廃を至難ならしめておる。更に日本の上層部の一部には、国体護持の目的貫徹のためにこの憲法の制定を甘受したのである故、後日その改廃に天皇が同意されることは、国体護持の目的を達したる後において、天皇が占領軍に対する背徳行為を為すことになる故、同意し難いとする皇道的の考え方があるやにも聞及ぶ。しかしながら此の点は、この憲法制定後既に十数年を経過し、憲法自体にも厳重ながら改正の手続きを規定しあり、殊に政治の「舞台の回転」したことによって改正の必要に迫られ、就中最近数年来の日本の国内政情及び国際政局の緊迫状態は日本憲法の改正を焦眉の急務としておる故に、連合国側に対する遠慮は、度を過ぎた皇道的潔白であると思う。


自主憲法制定論の外に大日本帝国憲法復活論がある。後者は現行憲法の無効を宣言し、大日本帝国憲法を復活せしめんとするものである。此論にはおのづから大日本帝国憲法の告文及び憲法発布勅語の復活を含まれるのではないかと思われる。大日本帝国憲法は明治維新によって封建制度が崩壊し王政復活したる直後、明治の元勲によって、王政の確立と立憲政治の樹立のために全力を傾注したものである。当時としては完壁というべきものである。然るにこの憲法発布より今日まで既に七十年を経過しておる。そして現在は民主々義の思想が善悪に拘らず普及しておる。日本のデモクラシーはもとより毫も、天皇制と予盾するものではないが、帝国憲法の告文、勅語を含めて、又大権事項に関する規定をそのままにして果して、現代の敗戦後の日本人に再び之を受け入れしめることが攻治的可能であるか否かに一応疑問がある。しかし大日本帝国憲法には日本の伝統と歴史が顕現されておる故、それに対する日本国民の憧憬を復元せしむることに努力することは大いに意義があるが、それも青年層の思想の頽廃とマスコミの偏向において帝国憲法の内容に或程度の修正を加うるにあらざれば受付けられ難い事ではなかろうか。

又帝国憲法そのまま復元に関しては、国体護持の至上目的のために新憲法を受諾した時の事情に関しての、,日本の一部の上層部の現憲法改正に関する道徳論が、連合国側からも放出されるかも知れぬ。

然しながら自主憲法制定論についても、その内容及び原案の作成過程等について種々の困難が伴い得る。それに対して帝国憲法の復活が簡単であるとの説も出で得る。しかしそれには前記の様な難点を考えねばならぬ。そこで結局は自主憲法制定論者と帝国憲法復元論者がよく談合して『帝国憲法の精神を根底とする自主憲法を制定する』ことに落着することが実現に近付く途ではなかろうか。


憲法九条は戦力の保持を禁ずるに拘らず、政府は国家に自衛権ありとの解釈をもって、それを保持しておる。それと同じように日本国民は現行憲法を強制による占領基本法と断定して、之を廃棄し、日本国民独自の立場において、自由に独立国家存立、運営の基本を定むる憲法を制定する自主権があることを主張することができると思う。現行憲法は改正の手続を定めておるが、自主憲法の制定は禁止できないと言ってもそれはコジツケでは無いと思う。即ち西独基本法一四六条の規定の如く、自主憲法の草案の最後に『この憲法を議決したる日にお.いて、現行憲法はその効力を消滅する』との一条を加うればよいと思う。

しかし最後に、現実の最も重要な問題はいかにしてこの自主憲法の草案を確定しそれを議会を通過せしめ得るかということである。

共産党戦線団体は憲法擁護に熱中し、第九条を死守せんとしておる故に、猛烈なる反抗をするであろう。言論機関は現行憲法廃棄、自主憲法制定論を冷笑し或いは罵倒するかもしれぬ。しがし我等はこれを断行するにあらざれば、日本国の政治的、精神的再建は不可能であると信じる。あらゆる日本の政治的混乱、社会的不安、精神的頽廃はすべてその根源をこの憲法に発する。いかにしてもこの現行憲法は断じてこれを廃棄せねばならぬ。そして我々の国家運営に適切なるものを求めねばならぬ。

或いはこの憲法の格下げを宣言して、之を「臨時占領基本法」と改称し、その自然廃止規定及び其他の欠陥を補う法律を制定して応急の措置を採るべしとする説、三年間憲法を停止すべしとする説、右翼革命によって憲法の取換えを強行すぺしとする説等に至るまで種々の強硬なる意見を耳にする。然しながら我々は冷静にしかし強烈なる意志をもって自主憲法制定を可能ならしむる政治的圧力及び国民運動を展開することに努力すべきであると思う。

岸内閣は憲法調査会を設けておるが、それは改正の可否を調査するという、全く糊塗策である。政府は、之を解散し、国会議員を中心として改めて自主憲法制定を目的とする憲法改定委員会を設置し、旁ら民間の合同研究と国民運動を助長し、これと内外呼応して自主憲法草案の確定とその制定の実現に邁進すべきである。

然しながらかような大勇猛心を発揮し得る政治家が出現し得るか否かは疑問であるが、国民的与論の喚起につとめ、その圧力によって政治家の決意を促すことに努力すべきであると思う。この目的達成のため予め小選挙区制の実施、衆議院の解散、三年後の参議院選挙に対する対策を講ずる等全力を集中すべきであると思う。防衛力、安保条約等の国家の安全保障問題、共産党の浸透防止策、僑激なる労働不安、国家の秩序の維持等すべての難問題はこれによって一挙に解決の途を見出すであろう。

現行憲法は目本再建の敵である。

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