初出
「闇黒日記」平成十七年六月十九日
公開
2005-06-20
改訂
2016-03-17

渡邊正廣『日本国憲法について――若い人々のために――』(洋販)

『日本国憲法について――若い人々のために――』
昭和四十二年八月二十日第一版発行
昭和四十三年三月十日第二版発行
昭和四十四年二月十一日第三版発行
渡邊正廣著
洋販出版株式会社
表紙
目次
はしがき
序章
第一章
憲法とは何か
第二章
日本国憲法の成立について
第一節
成立時の情勢
第二節
日本国憲法の成立
第三章
日本国憲法成立に関する諸学説とその批判
第一節
日本国憲法成立に関する諸学説
第二節
三学説批判
第四章
日本国憲法の内容
第一節
原文について
第二節
前文について
第三節
条文について
第五章
旧帝国憲法に関するいわれなき非難と日本国憲法に関するいわれなき礼讃
第六章
日本国憲法の改正について
第七章
結語
あとがき
追補
革命説について
第九条の誤訳について
表現の自由について
天皇のためについて
日本国憲法制定経過年表
付録日本国憲法(和英対照)

「本書第一版贈呈本に添付した挨拶状」より

私は洋書の仕事をしている関係上、アメリカに知友がたくさんおります。私は個人としては、一番率直でフランクなアメリカ人が好きです。又アメリカの占領政策は大体に於て成功と思っております。ただこの憲法改正だけは大失敗であったと思っています。現在アメリカを正しく評価し、自由陣営に属することがよいと信じている人々が憲法改正を主張しアメリカのすることには何でも反対し、あらゆる事をアメリカ帝国主義であるとののしっている人々が、このアメリカ製憲法の死守を叫んでいることは不思議でなりません。

「それが正しく守られる必然性」

憲法というものは一つの国の根本の法律です。すなわち、国の組織法であって、政治を行なうもとになるルールであり、すべての法律の基礎になるものです。憲法に反したどのような法律も、政令も無効なわけです。新聞を見ると、「何々条例は憲法違反の疑いがある。」とか、 「何々法は憲法に違反しているから無効だ。」とか裁判所に訴えている事件が時々あるのに気づかれるでしよう。とに角、憲法に違反したものはすべて無効であるという程、憲法は大事な、しかも強力なものなのです。この憲法によって、政治が行なわれ、国民の白由も保障され、国の意思も決められるわけです。

日本国民は日本の憲法にしたがって生活してゆかないわけにはゆきません。それは、アメリカ、ソ連、中共、インドネシア、等々、地球上のあらゆる国に共通のことです。日本人が日本の憲法はいやだといって、日本の国籍を離脱してみても、日本に住んでいれば、やはり日本の憲法に拘束されます。もし、アメリカに行けば、アメリカの憲法に従わなければなりません。ソ連に行けば、ソ連の憲法の下で、生活するわけです。どこへ行っても、その国に住む以上、その国の憲法に従わなければならないのです。

それ程、憲法というものは、強力なものであり、人間として生きていく以上、どうしても関係をもたなければならないものです。

憲法は、現実の生活に重大な影響を与えるものなのです。これが、物理学や数学と違う所です。たとえば、 コペルニクスの前の世界の人は、地球が静止していて天が動いていると、思っていました。ところが、彼は地球が動いているといって大問題になりました。それが証明されて、地球物理学は一変しました。物理学は一変しましたが、普通の人の生活は全然同じなのです。地球が円形であろうと、三角形であろうと、或は1+1=2であろうと3であろうと、人々の現実の生活は変りません。所が、法律が変るとそうはいきません。人々の生活に直に影響を与えます。もし、私有財産が認められなくなれば、われわれの貯金は没収されてしまいます。私有地を持つことが禁じられると、家屋敷は国家のものとなってしまいます。計量法という法律が完全実施されたので、今は「私の家は三○坪です。」とはいえません。何々平方米と書かなければならないのです。こういう風に、法律というものは大変身近かなものであり、直接われわれの生活、生命を左右するものなのです。まして憲法は、法律の元締です。私達の根本問題です。

憲法は、このように大事なものでありますから、各国ともなるべく良いものをつくろうと努力しています。そのため、このごろどんどんできる新しい国ほど、憲法の形式や内容は立派になっています。最善にして最美、最真なものにしようというわけです。理想的な憲法を作ろうと一生懸命です。

そうなりますと、新しい国ほど憲法は良いものになるということになります。なぜならば、新興国家は古い国々の憲法を比較、検討し、その悪い所はすてて、良い所だけをとって自分の国の憲法を作れるからです。すなわち、憲法の文章を見れば、新しい国々の憲法は老大国の憲法よりはるかにすぐれているのです。

が、そういう新しい国ほど憲法がよく守られているかというと、かならずしもそうでもないようです。立派な憲法を持ち、すぐれた内容を盛った数々の法律を出している新しい国々に於て、いつも政情が不安定です。東南アジア、アフリカ、南米で、ゴタゴタが起きています。クーデターが起り、今日までの指導者は投獄され、憲法は廃止され、新しい指導者が政権を握り、直ちに新しい憲法が制定されます。しばらくすると、又クーデターが起り、同じような事が繰り返されます。かくて、理想的な素晴らしい憲法は一夜にして潰され、ほご紙同様になってしまいます。毎日毎日の新聞で私達はいやになるほど読んでいます。

私の記憶にあるものだけを記しても大変です。ドミニカでクーデターがあり、アルジェリアではベンベラが失脚し、更にインドネシア左派のクーデター、つづいて軍による反クーデター、それからガーナで起きてエンクルマ大統領が追われました。又ナイジェリアでも起きています。このようにめまぐるしいほど政権が変り、そこには憲法の権威など全然ないようです。スカルノ大統領はいつの間にかスカルノ博士となってしまいました。 ところが、イギリスやアメリカのように、文章だけを見れば、古ぼけた、時代おくれの能率の極めて悪い憲法は、規則正しくキチンと守られています。一見、誠に不思議な現象です。何故でしようか。

それは、法律というものは「どんな事が書いてあるか」ということも、勿論大切なことですが、「それが正しく守られる必然性」が、より大事だからです。

具体的な例で説明しましよう。アメリカで禁酒法という法律がありました。お酒を飲むと、よっばらいが出て来て迷惑ですし、色々な犯罪が起きる。酒なんか飲まなくても死なないというので出来たわけです。誠に立派な法律であり、お酒を一滴も飲まない私などは大賛成な法律です。しかし、この法律はだめになりました。というのは、

一般の人々がお酒が好きだからです。そこで、かくれて飲むようになり、それを密造、密売する人が現われ、ギャングが幅をきかし、アンタッチャブルで有名なエリオット・ネスの登場となったわけです。

だいたい法律というものは、どんな良いことが書いてあっても、皆が守った方がよい、守ろうではないかと決心出来るようなものでなければだめなのです。いわんや、法律の総元締であり、根本である憲法に於て然りです。

すなわち、憲法は、どんな美辞麗旬が並べてあっても、どんなに素晴らしい内容が書いてあっても、その国民一般が納得し、守られる必然性がなければ意味がないのです。「書いてあること」より「守られ実行されること」が問題なのです。

そこで憲法というものは、一般国民が納得遵法できる必然性のあるものでなければならないし、同時に、主権者、立法府、司法府、行政府、軍隊、警察、宗教家、その他あらゆる人々が進んで守り、尊重出来るものでなければならないということが判ります。

イギリスには整然とした憲法はありません。しかし、イギリス人は一二一五年という大昔のマグナカルタを中心に、その後いろいろとつぎはぎして、何となくでき上った現在の憲法を、よく守っています。イギリス人にとってこの憲法は、自分達の祖先が、長い間かかって苦心してつくり、育て、守って来た、尊いものなのです。そしてそれを喜びと感じています。イギリスの遵法精神が、世界で一番すぐれているといわれる理由は、まさにここにあるのです。新興国家の成文憲法から見れば、随分古くさい、やぼったい、後から足したり、けずったりした、つぎはぎだらけのものですが、イギリス国民にとっては、何ともいえない、かけがえのない愛情と信頼を持つ、素晴らしい民族芸術品なのです。イギリス文化の誇りであり、歴史的な国宝なのです。憲法はこのようなものでなければなりません。

アメリカ人も又、自分の国の憲法に対して、特別の誇りと愛情を持っています。「アメリカの憲法には、驚く程多くの欠点があり、改良されるべき点が無数にある。しかし、よその憲法はもっと悪い。(Others are so much worse.)」と自負しています。アメリカの憲法は、メイフラワー号のピューリタン精神に源を発し、多数の異民族の集まりであるアメリカという国を、如何にうまくまとめ、統一するかという点に、苦心が払われています。すなわち、イギリス系、スペイン系、イタリー系、フランス系、ドイツ系等の異民族が揃って共に安心して諒解し納得し、又支持出来るようにしてあります。

このように憲法は、各々の国に独特のものであり、或る意床では、国の生成、発達と共に、自然に発生、発展してゆくべきものです。憲法は、その国の特性を表わし、歴史を物語り、民族の習慣、才能、特質にあい、その国の土地、気候、風土に沿ったものであらねばなりません。そういうものこそ、正しい憲法であるといえましよう。

以上から、次のような結論が出ます。

1、憲法は国家の最高法規であり根本法であること。

2、憲法は民族性にあった歴史的伝統から発生したものでなければならないこと。

「非民主的押しつけ憲法」

日本国憲法の公布は昭和二十一年十一月三日です。この時、日本は占領されていました。当時の日本の政治機構は占領軍最高司令官に隷属していました。天皇も、政府も、占領軍最高司令官のいう事は無条件できかなければならなかったのです。連合国の文書に、次のようにはっきりと書かれています。

From the moment of surrender, the authority of the Emperor and the Japanese Government to rule the state shall be subject to the Supreme Commander of the Allied Powers…………

すなわち、日本は自主独立の状態ではなく、天皇の大権も、政府の権限も、占領軍最高司令官にその運用を一時とりあげられていたわけです。日本には統治の自由が欠如していたのです。ひとつの国家に国家統治の自由が欠如している時に、その国の将来の運命までも長く左右するところの、憲法というような重大なものを制定することは、誰が考えても無理なことではないでしょうか。

第二次大戦で、日本よりもはるかにひどい負け方をしたドイツも、占領軍最高司令官から我が国と同じように新憲法制定の指令を受けました。然し、ドイツは、「軍事占領中は、憲法制定の必須要件であるところの、国民の自由意思の発現が欠如している。」といって、拒否しています。そしてその代りに、便法として基本法(GRUNDGETETZ)を制定したのです。しかも、その前文には、これが占領中の暫定法であることが、また本文一四六条には「将来ドイツ国民の、自由な決意によって制定される憲法の発効と同時に、この基本法は効力を失う」ことが、明記されています。武力戦に負けはしても、少しも悪びれず、毅然として自国の歴史や文化を守ろうとする態度は、勝敗常無かったドイツの歴史から養われたものかもしれません。

幸か不幸か、これまで敗戦の苦さを嘗めたことのなかった日本では、ただ一度武力戦に敗れただけで意気消沈し、絶望的になり、武力では破壊することのできない民族の歴史や文化のあることを、つい忘れてしまった人が多いような状態になってしまいました。戦勝国は、施設や基地の接収から、日本の運命を遠く永く決める日本国憲法の制定に至るまで、まったく、思う存分にすることができました。

このようにして、原文が英文であるところの、日本国憲法は生まれたのです。

日本国憲法無効論を唱える学者は、主としてこの点を指摘しています。占領軍といえども、余りに無理であると思ったのでしょう。旧帝国憲法の改正という形をとりました。ですから、日本国憲法には「帝国憲法の改正」と明記されています。しかし、実際には改正ではなく、完全な廃棄と新しい制定であったともいえるようです。もし憲法の改正の限界というものがあるならば、それをはるかに越えてしまっています。日本国憲法は、その成立そのものに、すでに非常な無理があったと、言わざるをえません。それは、無法とも言えるものです。民主憲法、民主憲法と喧伝されていますが、日本国憲法は少くともその成立過程に於て、最も非民主的であったといえます。世界中で最も民主的であると自他共に許す大国が、世界史上稀に見る、非民主的押しつけ憲法を作ったわけです。もし、その「民主的」大国の本質に、とてつもない非民主性が潜んでいるのでないとすれば、戦後の異常心理がそこにあったのだと理解するほかないでしよう。

当時の事をマーク・ゲインは、その「日本日記」(Japan Diary)に次のように書いています。(昭和二十三年、米国で発表)

「このアメリカ製日本憲法の悪いのは――根本的に悪いのは――この憲法が日本の国民大衆の中から自然に発生したものではないということだ。それは日本政府につかませた外国製憲法で、高等学校の生徒でさえ一寸読んだだけで外国製だと気づくのに、国産品だと称して国民に提供されたのだ。」

「かくてまさに、その本質上新憲法は欺瞞を生むものである。欺瞞の内在する憲法は断じて永続し得るものではない。……更に甚しいのは、新憲法が汚れた手によって日本国民に渡されたということだ。」 アメリカ人自身でさえ、このように事実を認めています。

この間の事情は、「日本国憲法制定の由来」(時事通信社刊)に詳細に述べられています。これは憲法調査会小委員会の報告書で、当時の様子を詳しく知りたい人の必読の本です。同書には、次のようなことが、何百ページにもわたって述べられています。すなわち、昭和二十一年、マッカーサー元帥が近衛公に憲法改正の示唆をした時から、いわゆる松本案の作成、その司令部に対する提出、マッカーサーの拒否。更にアメリカ政府のSWNCC二二八号(一九四六年一月七日附国務・陸・海・三省調整委員会第二二八号文書「日本統治制度の改革(Reform of the Japanese Governmental System)」)と総司令部案の作成。マッカーサー三原則、総司令部の日本側に対する交付、等です。

私達は、我が国の現在の憲法が、ホイットニー准将、ケーディス大佐、ラウエル中佐、ハッシー海軍中佐を中心とする二十一名の民政局員によって、二月五日から十日までの六日間につくりあげられたことを銘記すべきです。いくら戦敗国に与える憲法にしても、少しお粗末すぎるのではないでしようか。もっとも、それを世界に類のない立派な憲法だと、ほめたたえる日本の学者もいるようです。学を曲げ世に阿ねるのでなければ幸いです。

「日本国憲法成立に関する諸学説」

日本国憲法の成立について大別して三つの学説があります。

第一は、日本国憲法は旧帝国憲法を法律的に正しく改正して有効に成立したものであるという帝国憲法改正説です。

第二は、日本が連合国に降伏しポツダム宣言を受諾したと同時に革命が生じ、それによって帝国憲法の根源が消滅した。そして新しく日本国憲法が成立したという革命説です。

第三は、日木国憲法そのものが法律的に成立していないという日本国憲法無効説です。


日本国憲法は、帝国憲法第七十三条によって改正されたものである。改正の発議も、帝国議会への付議も行なわれ、そこで審議され議決され、枢密顧問への諮詞も審議も天皇への奉答も、国務大臣の輔弼も完全に行なわれ、天皇の裁可を経て公布された。公式令第三条による公布形式も整っている。即ち日本国憲法は完全なものである、という学説です。

日本国憲法の成立に関する見解としては、この見解が一般であり、占領軍も、遷ちろんこの見解にたっていましたし、政府も国会もこの説をとっています。大多数の国民もそう信じていることでしよう。この学説の代表的論者である京都大学名誉教授大石義雄氏は、左のように述べています。
「帝国憲法から日本国憲法への変更について見るに、日本国憲法成立の過程は、前憲法たる帝国憲法の定めている憲法改正の手続きに従って行なわれているのである。両者は法の連続性、法の同一性を保有して存するのである。」

同氏の説の基礎には、法律というものは、法律自体が目的ではなく、国家、国民のための手段 であるから、正しい手続きさえ行なえばその時の社会情勢に従って変えられるものである、とい う考え方があります。私達に一番わかりやすい説でもあります。


日本国憲法は帝国憲法の改正とよべる限界を超えてしまっており、両者は相異なる憲法であるという学説です。

ここでちょっと憲法改正の限界という事を説明しましよう。 「憲法改正に限界があるかないか。」ということが学説の論点となっているからです。

憲法は一つの国の基礎法であり根本法です。ということは、その国の根本方針を決めたものです。その国の理念を表明したものです。従ってあらゆる憲法には、よって立つ根本理念が書いてあり、この根本理念は改正出来ないというのです。難しいことばでいいますと制憲権(Pouvoir Constituant)は不可変であるといいます。もし憲法がその根本方針まで変えてしまうのなら自己否定になるわけです。自分を改正して自分でなくなってしまうわけです。「私有財産は之を認める。」という根本理念の憲法が「私有財産は之を認めない。」という憲法になれば、それは改正ではなく、廃止と新しい制定であるというのです。そこで憲法の改正というものは、「その憲法の根本精神を達成するため、更によりよく実行するためのものに限られる。」というのです。

これを我が帝国憲法にあてはめてみますと、第一条から第四条までが根本理念に当り、従ってこれは変えられないということになります。

すなわち、帝国憲法の

第一條 大日本帝國ハ萬世一系ノ天皇之ヲ統治ス

第二條 皇位ハ皇室典範ノ定ムル所二依リ皇男子孫之ヲ縫承ス

第三條 天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス

第四條 天皇ハ國ノ元首ニシテ統治權ヲ總攬シ此ノ憲法ノ條規二依リ之ヲ行フ

というこの四条は日本の根本理念であるから変えられないということです。

東京大学名誉教授宮沢俊義氏は次のように述べています。

「帝国憲法第一条等の規定は、我が国法における根本法の根本法ということができる。すなわち憲法の基礎がそこにあるという意味でそれを制憲権の原理だと考えることもできる。その当然の結果として、憲法の定める憲法改正に関する規定はもとよりそれに対しては適用はない。」と。

そこで同氏は「日本国憲法は形式上帝国憲法第七三条による改正ではあるが、実質上はそれを超えた改正である。とすれば、その根拠を帝国憲法第七三条に求めることはできない。」と論旨を進められます。そこで、どうして日本国憲法は学問的に有効に成立したかというと、「日本が降伏しポツダム宣言を受諾したときに、日本に法学的革命現象が生じたのである。即ちその時に実質的に帝国憲法は消滅したわけである。形式的に存在していたに過ぎない。日本国憲法は全く新しく生れた憲法である。」と結論されています。このような考え方を、革命説と呼ぶわけです。


「一」及び「二」は、何れも日本国憲法を有効と認めるわけですが、之に対し、日本国憲法は本来無効の憲法であるとする説があります。元台北大学教授井上孚麿氏及び菅原裕氏等の説です。その理由は少し難しい表現ですが「重大且つ明白な瑕疵がその有効な成立を妨げているからである。」としています。その主な理由を次のように説明しておられます。

  1. 日本国憲法の成立は、ポツダム宣言に違反している。ポツダム宣言第十二項に「日本国民の自由に表明せる意思に従い政府が樹立せらる。」とあり、「ポツダム宣言受諾に関する日本政府の申入」に対する連合国の回答(昭和二十年八月十二日)には「日本国の最終的の政府は……日本国民の自由に表明せる意思により決定される。」とある。軍事占領中に被占領国民が、「自由に表明せる意思」を発表出来るものではない。軍事占領中の自由は刑務所の内の自由と同じで、マッカーサー自身、米誌フォーチューン誌一九四九年五月号に、日本全土を「八千万人の捕虜収容所」とよんでいる。「捕虜収容所」内の自由意思は「……日本国民の自由に表明せる意思……」ではない。かかる時期に日本国憲法を成立せしめたのは、明らかにポツダム宣言に違反している。
  2. 日本国憲法の成立は、へーグ陸戦条約違反でもある。即ち、その四十三条、「現行法尊重の義務」を履行していない。
  3. 日本国憲法の制定は、大日本帝国憲法の改正としてなされたが、実は憲法に定められている「改正の限界」を越えたものである。(「革命説」の論拠と同じ。)
  4. その逸脱の程度は、改正というよりは廃棄というに近い。改正の名のもとに帝国憲法そのものを根本的に廃棄してしまっている。憲法は改正の限界を少しでも逸脱すれば有効に成立はしないのに、全面的に廃棄すれば成立する筈がない。
  5. 日本国憲法成立の全過程を通じて、急迫不正の強要が行なわれた。それもまた、完全な意思の自由を阻害するものであった。

このように、「日本国憲法は、成立が既に無効であるから、本来無効である。之は追認によっても、時効によっても、新しく効力を得ることは不可能である。」と結論されています。


日本国憲法成立に関する三つの学説は、以上のとおりです。

さて、皆さん、どうでしようか。よく考えて見ましよう。

もし憲法が、根本的に変更出来るものなら、改正説が正しいということになります。

もし憲法について制憲権が認められるとすれば、無効説の方が素直な考え方のようです。

革命説はどうもコジツケのようです。革命と率直に表現しないで、わざわざ法学的革命現象というわかりにくい言葉を使ったりしていますが、後述するように、ある理由から無理に考え出された説のようです。法学的革命現象とは、ポツダム宣言を日本が受諾したと同時に、主権が天皇から国民に移ったという事だそうですが、天皇主権という意味がはっきりしません。天皇主権説のことなのでしようか。戦前、天皇主権説をとなえていた学者は上杉慎吉、筧克彦の両氏位で有名な「上杉・美濃部論争」があって、その結果美濃部達吉博士等の「天皇機関説」が学界の定説となっていたのです。天皇機関説というのは、

「国家は一つの法人で、天皇はその最高機関である。」という説です。天皇が主権者であるという場合に、国家内において国家の意思を決定する最高の原動力が天皇に発するということで、国家が最高独立の意思を持ち、何物にも支配されない主権を有することとは全く意義を異にするものであるという学説です。

革命説を主張されている学者は戦前は天皇機関説の方だったので、戦後急に天皇主権といって、あたかも戦前は君主主権説が定説の如くおっしゃるのは一寸おかしいようです。このあたりから後から考えだした理屈らしいという気がいたします。

「法学的に革命現象が起きたのだ」という言い方も、わかったようなわからないような、すっきりしない響きをもっています。憲法は私達のものなのですから、学者にだけまかせておかないで、われわれ自身で真剣に考えなければならないと思います。

それでは、すこしわれわれ自身で考えてみましよう。

だいいち、八月十四日に日本に革命が起きたというのは、ほんとうでしようか。革命というものは二つの国の内で権力の座になかったものが超法的な実力によって、権力を奪取し、従来の秩序を根本的に変革するこど」です。あの時日本にそんなことがあったでしようか。歴史的事実はそのようなことは全然ありませんでした。或いは、降伏を以て革命とよぶのでしようか。それは、全くそうではありません。降伏は、外力への日本全体の屈服であって、日本国内で反乱や暴動が起ったのではありません。むしろ逆に日本は一体となって、天皇及び政府を中心として、固まって一致して敗戦を認めたのです。降伏にあたっての、天皇を中心とする軍官民の協力は、むしろ日本の歴史上、特筆大書すべき強固さであったといえます。(その辺の事情は、レオナード・モズレーの「天皇ヒロヒト」に、詳細に述べられています。)八月十四日に革命があった等というのは、全く歴史的事実に反することで、革命説は、日本国憲法は有効に成立したということを後から正当化するために作った説としか考えられません。

「法学的革命」というようなことは、専門家にはわかるのかも知れませんが一般の人にはなかなかわかりにくいことです。こういうことばは、単なる文字のおあそびのような気がします。民主主義は、国民のひとりひとりが理解し、なっとくできるものであらねばなりません。法律学者だけが理解できる言葉ではなく、国民全部が理解できるような説明と、なっとくのいく解釈を示してほしいものです。「偉い学者」たちから、「おくれた大衆の愚見」とか「無知の民衆の世論」とかいわれるかも知れません。しかしそういういい方こそ、独裁制につながる恐ろしさを秘めているのではないでしようか。偉い人がいうのだから信じなさいという考えはもうこりごりです。私達一般民衆は、それほど無知でしようか。平々凡々たる私達には、良識はないのでしようか。

占領後も、連合軍最高司令部の交渉相手は、天皇と政府でありました。革命があったならば誰が主権者で、政府はどこにあったのでしよう。地下にでも、もぐっていたのでしようか。ポツダム宣言をみても、日本を減亡させたり日本人を奴隷化する意思は全くない、と書いてあります。日本を革命する、とも書いてありません。法学的革命現象を起す、など勿論書いてありません。ただ民主主義的傾向を復活(revival)強化させると書いてあります。復活というのは前にあったものを再び活かすということです。現存の政府を完全に認めています。

We do not intend that the Japanese shall be enslaved as a race ore destroyed as a nation, ………….

The Japanese Government shall remove all obstacles to the revival and strengthening of democratic tendencies among Japanese people.

天皇及び政府は連合国最高司令官に subject to する、とも述べられています。革命があって吹きとばされてしまったものたら、subject to することもできないわけです。革命などなく、政府が厳然と存在していたからこそ、連合国は日本国政府を相手に交渉することができたのです。

また、もし革命が起こっていたのだとしたら、主権者の地位になかったはずの天皇や、帝国憲法上の機関であった政府、帝国議会が、日本国憲法成立に参加しているのはおかしいわけです。この論を押しすすめますと、逆に日本国憲法は無効であるということになってしまうようです。

更に、ポツダム宣言受諾と同時に旧帝国憲法は形式的に存在していたにすぎず、実質的には革命的変革があったのだ、というような言い方も又単にことばのお遊びのようです。そのような言い方は、よく言っても文学的表現で、小説にならばともかく、法理論に用うべき論法ではないでしよう。

「形式的に存在して実質的に存在していない法律」など、法治国家にあるのでしようか。何か考えて見ましよう。現在それに近いものをさがし出して見ますと、食管法あたりでしようか。ヤミ米の法律です。今もしある人がヤミ米を汽車で運んで捕まったとします。その時「この法律は形式的には存在するけれど、実質的には存在していないんだ。何故捕えた。不法逮捕で訴えるぞ。」と開きなおれるでしようか。やはり法律は厳存していて、罰せられます。

もし実質的に旧帝国憲法がなくなっているとすれば、それの改正であると明記されている現行日本国憲法は元来が成立していない無効なものであり、もし形式的に帝国憲法が生きていたとすれば、お説の制憲権を無視した改正限界を超えた日本国憲法は、やはり無効なのではないでしようか。ついでながら、ポツダム宣言受諾は国際上の問題であり、憲法改正は国内問題であって、相関連することのない全く別の問題と思われます。日本国憲法成立の論拠にポツダム宣言をもってくるこの説は、国際法と国内法を混同したものともいえましよう。

では、なぜ、日本の一流憲法学者が、こういう無理な説をとなえておられるのでしようか。

それは、現行の日本国憲法を、この形のままで維持したいためであると考えられます。もし帝国憲法改正説を正当な学説と認めれぼ、現行の日本国憲法をも根本的に改正出来ることを認めることになります。

大石氏の主張に、もう少し耳を傾けてみましよう。

「法というものはどのような法であっても、それ自身存在目的を持つものではない。法は常に人間の社会生活に奉仕するために存在するものである。故に帝国憲法も所定の手続きを正しくふめば改正できたのと同様に、日本国憲法も改正できる。なんとならば、法というものは、その時代、その社会の事情に即応して定められたものであるから、社会事情が変れば、法も変えられなければならないのは当然のことだからである。」

大石氏の改正説を認めれば、「日本国憲法の改正は出来るが、その基本原則である主権在民、基本的人権の保障、軍備否定は変えることが出来ない。これらは憲法以前の根本である。」という主張が出来なくなります。それは困る、という立場から、日本国憲法を擁護するために、その成立にさかのぼって革命説を考え出して主張されておられるようです。

少し皮肉に解釈すれば占領軍が駐留している時に、一度日本国憲法は有効に成立した事を認めてしまったので、革命説を考え出し、日本国憲法擁護を打ち出されているということになります。 革命説を主張する学者たちが、全部、極左共産主義者とは考えられません。おそらく、この方達は、次のような諸点を考慮されていることと思われます。

  1. 日本国憲法の内容に、すぐれた考え方が、たくさん含まれている。
  2. 憲法を改正すると、旧憲法の時のように、又一部の人々(極右の人々)に利用されやすいものに変えられる恐れがある。
  3. もしそういうことになれば、自由を愛し、平和を喜ぶ善良なる人々が、又迫害をうけることになる。

なるほどこれは、確かに良心的考慮ともいえましよう。ところが、この学者的良心からする日本国憲法擁護論は、極左陣営に利用され、結果的に彼等の革命を援助することになっているのです。彼等は人の利用が徹底的で、かつ、いらなくなれば敝履のように捨て去ることは、歴史の証明する通りです。そこには、一片の良心も、ヒューマニズムもありません。そして、その革命とは、ほんとうの共産主義革命で、大量殺害が伴います。尊敬すべき、りっぱな、日本の一流学者が、徒らに彼等に利用されているのは、われわれ善良な国民にとって、誠に悲しいことであり、残念なことです。

現在日本国憲法を改正しようと主張されている学者の多くは、自由主義者であり平和論者です。改正か改悪にならないようにするのこそ、学者の大事なつとめなのではないでしようか。それこそ、学問的良心なのではないでしようか。共産主義専制政体になってしまってから自己批判をさせられたり、粛清されるより、或は恐ろしい右翼革命の後で言いたいことも言えないでいるより、言論の白由が保証されている今日、良心的な論議を重ねることこそ、真理を追求する学者の態度でしよう。

革命説をとりつつ日本国憲法を改正しようとすれば、必然的に再び革命現象が必要であるということになります。日本国憲法を日本人らしく改正するためには、クーデターや左翼革命、右翼革命は困ります。それこそ、まっぴらごめんです。平和に民主的に、国民の意志によって、日本人の最も希望する改正を行ないたいものではありませんか。革命は恐ろしいものです。平和革命などという甘いものはありません。革命はピクニックでもなければダンスパーティでもありません。それは闘争であり、流血です。洋の東西を問わず、時の古今を問わず、平和革命などという甘っちょろいものはありません。政治論争とか、テレビ討論とかはふきとばされてしまいます。

今こそ、自由に論争し、討議できるときです。なるたけ広範囲の真剣に日本国憲法を日本人のものにするために相集まって努力して頂きたいものです。これが平々凡々たる一市井人の願いです。

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