初出
「闇黒日記」平成十八年十一月二十九日
公開
2007-04-21

小山常実『憲法無効論とは何か 占領憲法からの脱却』(展転社)

『憲法無効論とは何か 占領憲法からの脱却』
小山常実著
展転社

「憲法無效」の具體的な手續き

ようやく、「日本国憲法」無効論の憲法改正方式を具体的に述べる段取りとなった。以下、菅原裕『日本国憲法失効論』(国際倫理調査会、二〇〇二年)と拙著『「日本国憲法」無効論』(草思社、二〇〇二年)を参考に、考えていきたい。この方式は、前述のように、大きく二段階からなる。第一段階は、「日本国憲法」の無効確認及び明治憲法の復原確認と、臨時措置法の制定という二つの作業からなる。第一段階では、憲法改正の第一目的である第九条と前文の始末を行う。これは、今後一年ほどの間に早急に行わなければならない。

そして第二段階では、第二目的である自由主義的な民主主義の再建を可能にする新憲法をつくる。第二段階の作業も、二つの作業からなる。第一の作業は、第七三条を改正して、議会の議決後に国民投票を行うことを規定することである。第二の作業は、改正第七三条に基づき、議会の審議や国民投票をふまえて、新しい憲法を確定していくことである。二つ目の作業である新憲法の確定は、ゆっくりと五年から十年程かけて行うこととする。以下、二段階四つの作業を順に述べていくこととしよう。

第一段階の第一作業は、「日本国憲法」の無効と明治憲法の復原を確認することである。この確認は、法的に言えば、首相他内閣を構成する国務大臣の副署に基づき、天皇が無効・復原確認を行えば十分である。ただし、政治的には、国会による決議がなければ立ち行かないだろう。それゆえ、国会による決議を経て、内閣総理大臣他の副署に基づき、天皇が正式に無効と復原の確認行為を行う形がよい。

「日本国憲法」無効確認とは、様々な意味をもつ。何よりも一つ目の意味は、「日本国憲法」が憲法としては無効な存在であり続けたことの確認である。二つ目の意味は、占領管理基本法説に立つならば、「日本国憲法」は占領解除までは有効であったこと、占領解除によって失効するが無効確認が行われるまでは有効の推定を受けることの確認である。また、占領管理基本法としてさえ無効であったとする立場に立つならば、「日本国憲法」は占領中も占領解除後も一貫して本来無効であるが、やはり無効確認が行われるまでは有効の推定を受けることの確認である。いずれにせよ、無効確認とは、現在の「日本国憲法」は失効している又は無効であるが、有効だと推定されているということの確認である。

従って、無効確認がされたからといって、戦後五十九年間「日本国憲法」に基づき日本国が行ったことは全てなかったことにされるわけではないし、全て無効であったことにされるわけではない。つまり、三つ目の意味は、無効確認の効力は、将来に向けてのみ発生するのであり、過去に遡ることはないということである。

実際、無効確認の効力を過去に遡らせようと主張する「日本国憲法」無効論者は、誰一人存在しない。にもかかわらず、世の中の憲法学者等は、「日本国憲法」無効論をとれば、戦後五十九年間「日本国憲法」に基づき日本国が行ったことは全て無効であったことにされてしまうから、無効論をとるわけにはいかない、と述べたりする。この誤解は正しておかなければならない。

さらに四つ目の意味は、「日本国憲法」の無効確認は必然的に明治憲法の復原をもたらすということである。

第一段階の第二作業は、新憲法が作られるまでの臨時措置法を制定することである。復原した明治憲法をそのまま機能させても、社会の混乱を招くことになるから、憲法改正手続きを規定した明治憲法第七三条以外の効力を停止し、臨時措置法を制定する。臨時措置法の内容は、法的安定のためにも、「日本国憲法」の条文を基本的に採用する。だが、日本国を滅ぼしかねない第九条(2)と前文は、採用しない。また、改正手続きを定めた「日本国憲法」第九六条は不要となるから削除する。

そして、「正気」を取り戻し、国家論と自由主義的民主主義を学習しなおしたならば、第二段階として、明治憲法第七三条の規定の趣旨にそった改正手続きで、新しい憲法を作ればよい。明治憲法第七三条によれば、天皇が発議して、貴族院と衆議院で可決されて憲法改正がおこなわれる。貴族院はもう存在しないから、参議院によって代替すればよいだろう。それゆえ、第七三条の趣旨をいかして復原改正の具体的方法を探れば、内閣を構成する国務大臣の副署に基づき天皇が発議し、衆議院と参議院が各々三分の二以上の議員の出席により議事を開き、出席議員三分の二以上の賛成により、憲法改正を決定する方法が適当だろう。

新しい憲法は、じっくりと五年でも十年でもかけて、明治憲法の改正という形で作ればよい。民主主義の観点からすれば、この第二段階の作業は、細かく言えば二つの作業からなる。第一の作業は、第七三条を改正して、理代社会に合った憲法改正手続きを規定することである。この作業には、二つのポイントがある。一つ目は、天皇とともに両院にも憲法改正の発議権を与えることである。そうすれば、政府原案が出された時、その原案に対する自由な修正権が議会に認められることになる。二つ目は、議会の議決後に国民投票を行うことを規定することである。国民の政治参加意識の高まりからすれば、国民投票を規定して、国民自身を憲法改正に参与させることが必要であろう。

第二の作業は、改正第七三条に基づき、議会の審議や国民投票をふまえて、新しい憲法を確定していくことである。

この新しい憲法は、日本人自身が自由意思に基づき、正統憲法たる明治憲法を改正して作るものだから、正統性及び正当性を回復することができよう。たとえ「日本国憲法」と全く同一のものが作られたとしても、その正統性・正当性は、「日本国憲法」とは比較しようもないものとなろう。

現行憲法の「有効推定」に關して

以上、おおよそ七つの理由から、永久憲法としては、「日本国憲法」は無効な存在であると言わねばならない。すなわち、占領軍は、永久憲法として「日本国憲法」を作らせようとしたが、失敗してしまったのである。

だが、ハーグ陸戦法規第四三条によれば、占領軍司令官に現行法をそのまま尊重する義務を課しているが、「絶対的ノ支障」がある場合には、占領軍司令官が、占領期間中の暫定法をつくることは許される。したがって、「絶対的ノ支障」が何かを示せれば、「日本国憲法」を、占領下の占領管理基本法あるいは暫定憲法としては有効なものだったと位置づけることは出来る。「日本国憲法」が占領管理基本法あるいは暫定憲法として有効だとすれば、当然に、一九五二(昭和二十七)年の占領解除とともに、「日本国憲法」は法として失効する。これに対して、「絶対的ノ支障」が何か示せない場合には「日本国憲法」は占領管理基本法としてさえも無効な存在となり、あらゆる意味で無効となる。

筆者は、理論的には、占領管理基本法説をとっても、占領管理基本法としても本来無効だとする説をとっても、いずれでもよいと考えている。いずれを採用するかは、政治的な判断に拠ろう。占領管理基本法説ならば、当時のGHQや議員たちの行動をそれほど批判する必要はなくなるし、基本的に免罪することになろう。これに対して、占領管理基本法としても本来無効だとする説をとれば、特にGHQの行動を厳しく批判する必要が出てくるかもしれない。

しかし、いずれの説を採用しようとも、失効・無効の確認がなされるまでは、本来無効な「日本国憲法」が、一応有効であるとの推定を受ける。有効の推定を受ける以上、失効・無効確認があるまでは、「日本国憲法」は守らなければならないことは当然である。

附記

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