正假名遣

前書き

  1. 假名遣は藤原定家に發し、契冲・本居宣長等による理論的改訂が基礎となり、更に明治以降の改良研究によって、近代的な表記法として整備されてきた。これを一般に「歴史的假名遣」と稱する。表題の「正假名遣」とは、假名を用ゐて現代の國語を書き表す正統的な規準として、歴史的假名遣を確認したものである。昭和二十一年『現代かなづかい』實施以前の慣習を尊重し、新しい知見に基いた修正をいくつか施した。 特に時代や地域を超越して國語を統一的に表記できる整合性を重視した。
  2. この假名遣は、法令・公用文書・新聞・雜誌・放送など、一般の社會生活はもちろん、科學・技術・藝術その他の各種專門分野や個々人の表記においても實踐される事を期待する。
  3. この假名遣は、文語體・口語體を問はず、あらゆる現代文、および翻刻された古典文に適用する。原文のままとする必要のあるもの、固有名詞などでこれによりがたいものは除く。
  4. 字音假名遣は我が國で長く實用・研究され、この假名遣の重要な部分を擔ふものである。漢字に由來する言葉は漢字で書くのが國語の不文律であるが、振り假名や語彙の排列檢索の上では勿論、今日次第に増えてきた假名書きの場面でも、字音假名遣が博く用ゐられることで普及の促進が望まれる。本文に於て字音假名遣に關し特に言及・記述が多いのはこのためである。
  5. 教育現場においては、この假名遣の背景をなす國語の音韻原則について、理解を深めるやうな教授が望まれる。
  6. この假名遣は、擬聲・擬態的描寫や嘆聲、特殊な方言音、外來語・外來音などの發音を表はさうとするものではない。
  7. この假名遣は、點字、ローマ字などを用ゐて國語を書き表す場合のきまりとは必ずしも對應するものではない。
  8. 五年後の平成二十年をおほむねの目途に、内容を再檢討することとする。

凡例

本文

第一章 假名遣

假名遣とは、同音の假名を語によって使ひ分ける規則である。この規則は、日本に特有の假名といふ「文字」の使ひ方を指すものであり、文字は口頭の音聲を暗示はしても、音そのものを表はさない。同じ言葉はなるべく同じ文字で書く。

同一の文中で、假名遣はなるべく統一する事が望ましい。和語・字音・振假名・引用文など、特に意圖しない限り均しく扱ふべきである。

以下に示す假名は、互ひに混同する可能性があるため、語に從って書き分ける。漢字音は漢字一字に從って書き分ける。長音はア行を以て代表させる。

一) 「ぢ・づ」と「じ・ず」
(出) いで(出)
漢字音由來:かに(直) あん(杏) めい(明治)
二) 「ゐ・ゑ・を」と「い・え・お」
る(入) る(居) あ(青) こころ(心得)
漢字音由來:がく(描) だ(橙) る(類) す(水)
三) 「くゎ・くゐ・くゑ」と「か・き・け」「ぐゎ・ぐゐ・ぐゑ」と「が・ぎ・げ」 (漢字音に限る)
漢字音由來:かいくゎい(開會) ぐゑっくゎう(月光) くゐちょう(貴重)
四) 語頭以外の「-は・-ひ・-ふ・-へ・-ほ」と「-わ・-い・-う・-え・-お」(助詞「は」「へ」も含む。漢字音は「-い・-う・-ふ」の形に限る)
あるは(或) さいはひ(幸) い(言)
漢字音由來:つが(都合)
五) 「あふ」と「あお」 (漢字音の語例は無い)
あふひ(葵) あふる(煽) たふる(倒)
六) 長音の「あう」と「おう」と「あお」と「おお」 (漢字音は「あう」または「おう」の形に限る)
たうげ(峠) はなさう(話) おとうと(弟)
漢字音由來:〜のやうな(樣) なほし(直衣) ほのほ(炎) とを(十)
七) 長音の「いう」と「ゆう・いゅう」
ひうが(日向) よろしう(宜)
漢字音由來:しょっちゅう(始終)
八) 長音の「えう」と「よう・いょう」
〜いたしませう 〜しよう けふ(今日)
漢字音由來:てふてふ(蝶々)
九) 撥音の「-む」と「-ぬ」と「-ん」
いは(言) いは(言)
漢字音由來:さみ(三位)
漢字音由來:すすで(進)

字音由來の語は、通常漢字一字ごとに假名遣を判斷するが、いち(一把) か(甲斐) たいふ(大夫・タユー) など、例外的に複數の漢字にわたるものがある。

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