私はものごとの分類に際して善悪の
價値判斷は下しません。ずっとそう言い続けてきたつもりなのですが、どこで「民主制でないから君主制は惡い」などと言いましたか、私? (雰囲気がそうなのだ、とか言われると答えようもありませんが)
對話を拒否されてしまひましたよ。わらひ。
しかし、過ぎ去った君主制時代の名残として残った臍の緒だとしても、臍の緒には臍の緒なりに価値があると考えるからです
、と云ふ文章を見れば、平野氏が君主制を見下してゐるのは明かです。私の「臆測」は、當つてゐるんですねー。
ついでに言へば、平野氏が君主制を臍の緒
に譬へてゐるのを見れば、平野氏が「早く君主制など切落せ」と思つてゐる事は明かですねー。ひよつとしたら、「佛壇の抽斗にでもしまつておけ」と云ふ事なのかも知れませんが。君主制を、「普段は要らないもの」「懷舊に浸る時のみ、取出して見れば良いもの」だと、平野氏は思つてゐるのではないですか。
しかし、死に體で君主制を殘しておいて、何の意味があるのですか。「殘つてゐれば良いんだらう? ほら、殘してやつたぞ。民主主義者は寛大なんだ」と言つて、立憲君主制論者に恩を賣らうとするのは、一體何なのですか。それは結局、ただの嫌みではないですか。
形式に關する議論では、型通りの事を述べれば良いから、平野氏は襤褸を出さない。しかし、自己の價値判斷を示す部分で、平野氏は平氣で襤褸を出す。餘談の積りで手を拔いてゐるのだらうが、人は餘談の部分に本音をさらけ出すものだ。
平野氏の價値判斷には、平野氏の否定する「自明」の觀念が影を落としてゐる。平野氏の意見には、「自明」がはつきり顏を出してゐないだけで、蔭で重大な役割を果してゐる雰圍氣があるやうに見える。平野氏が「君主制は過去のものである」と言ふのは、平野氏の價値判斷だが、そこで「世界は民主主義の方向に動いてゐる、だから世界は民主主義の方向に動くべきである」と云ふ「である」論の「あるべき」論への摩り替へが行はれてゐるやうに思はれる。
或は、「君主制は過去のものである」と云ふ事は、平野氏には自明なのでせうが、私には自明ではありません。「君主制が過去のものである」と言ひたければ、平野氏は豫めその根據を示すべきではないですか。
ところで、平野氏は、哲學的な定義は、窮極的にはトートロジーである、と云ふ現代の論理學の説を御存じなのでせうか。
9月1日更新分から、以前の場所に戻しますので。
本日の買物 @ 神保町。
ステーキ屋でステーキを食べました。
日本人オヤヂ説。
理想の展開が實現したのです。樂しうございました。どうもありがたうございました。
大體が、「自明」を馬鹿にしたければ、この世で自明だと分かるのは「我思ふ」だけであると云ふところから話を始めなければならない。デカルトほどに「自明」を疑へないのなら、常識的に「自明」である事くらゐは、取敢ず認めて貰ひたいものだ。
現實に立憲君主制を採用してゐる民主主義國家がある以上、それを認めない「民主主義の論理」は、どこかに間違ひがある筈だ。逆に、さう云ふ「民主主義の論理」を押立てて、立憲君主制を採用してゐる民主主義國家を民主主義ではないと極め附けるのは、寧ろ「爲にする議論」だとは言へまいか。
「既に革命は起つてしまつたから」と言つて「既成事實」を押附けられるのは迷惑だが、革命以前のねぢ曲げられてゐない現實を受容れて、そこにあつた理論を公正な立場から評價し、現代に生かしていく姿勢(或は、現代との折合を附けていく努力)は必要だ。
と言ふか、平野氏の議論の問題は、イデア的な話をしてゐるのか、價値判斷の話をしてゐるのかがさつぱりわからない事だ。私は飽くまで價値判斷の話として、民主主義を何う運用するのがベターなのか、と云ふ事を論じてゐるのだが、平野氏は執拗に「形式」とその純化の問題だけを論じようとしてゐるやうに思はれる。
「直接民主制は不適當である」と價値判斷をする平野氏が、「民主主義は直接民主制(或は「純粹民主主義」)か間接民主制(或は「共和制」)かのどちらかでしかない」とイデア的な事を述べる。
ルソーの所で平野氏は話をしようとしてゐるかに見えたのだが、結局、形式論に立籠つてしまつた。その擧句、形式に關する議論に乘つて來ない私を嘲笑し始めた。
私は、何度も「形式の話は百も承知」と示唆してきた。「立憲君主制を併存させる民主制は純粹な民主主義ではない」と述べてきた。「立憲君主制と併存した民主制は、理論的に民主主義でない」と言はれても、「それがどうした」としか私には思はれないのである。既に、「純粹民主主義」が不可能である事は、平野氏自身、わかつてゐる事なのである。私には、平野氏がどうして不可能である事を知つてゐてその不可能な理論に固執するのか、わからないのである。
民主主義の形式の事は承知で、そのレヴェルを越えた、現實に民主主義をどう運用すべきか、の話を私はしてゐる。それを讀取らない平野氏が、對話を拒絶してゐる事は、火を見るよりも明らかだ。平野氏は、「讀取れない」のではない。とぼけてゐるのだそれが私を苛立たせる。
とぼけて相手を愚弄するのは止して貰ひたい。はつきり言へ。
「プリンセスチュチュ」第3話は、アニマックスだつたら放送出來なかつたのではないか。少くとも、一部の音聲が消されただらう。
アニマックスでは、「バビル2世」(舊)の一部の音聲が消されてゐた。
「國民が主權を持つ事」「國民が、代表を選出し、彼等をして主權を行使せしめる事」が「良い事」であるのは、多くの日本人にとつては自明の事かも知れないが、私にとつてはさうではない。
「純粹な民主主義」の理論は、理論としては一貫性があつて美しいのかも知れないが、その適用對象である人間とその社會とは純粹な存在では無い。現實社會で、美しいだけの理論は無效である。
一方に肩入れした發言をしつつ、中立を裝ふのは、その偏つた發言をあたかも正しいものであるかのやうに見せかける爲には一番手つ取り早い手段である。
「誰某の言ふ事は切つて捨てるべきかと思ひます」といつた類の御忠告を、以前から何囘か頂戴してゐるのですが、それを實踐するとまた「自明」云々と非難されるのです。
それが嫌なので、執拗に説明を續けると、それはまた非難される理由となるのです。
説明すれば非難され、説明しなければ非難され。
私は一體どうしたら良いのでせうか。默るべきですか。さうですか。
.jimei:after{ content:"、それは私にとつては自明の事です" !important; }
<p>で、その主権については、国民全体でこれを行使するか、それとも代表者を選出して行使させるかの。<span class="jimei">いずれかでしかありません</span>。
平野氏のあれは、
人民の一般意思は誤まることがない、だから直接民主制は良い、と考へるルソーが、直接民主制とそれ以外、と云ふ「二分法」を採用するのは自明の事だ。
に對する皮肉の積りかね?
反論しないで皮肉るのは、敗北を勝利に見せかける一番手つ取り早い手段である。
論爭當事者の一方が教條主義に立籠ると、對話は成立しない。
そして、「民主主義は、國民自身が主權を行使する直接民主制か、代表者を選出して主權を行使せしめるかしかあり得ない。だから、そこに君主の入り込む餘地は全くない」と極め附けるのは、教條主義的民主主義である。
そして、自分の信じてゐる教條主義を相手に押し附けられないと見るや否や、嘲笑に走つたり、默殺に逃避したりするのが、教條主義者の通弊である。
「闇黒日記」最新版の公開場所は、何處が良いのでせうか。
別に「なつみかん」對策をとつた譯ではないのです。
某「ワるきゅーレ」は、第5囘以來、久々に面白かつた。月村氏は、やかましい話は下手だが、落著いた話は巧い。
Netscape 7が29日(米國時間)にリリースされたさうだが、Netscapeのシェアが4%を切ると云ふニュースも出てゐる。
「はてなアンテナ」の所有者が、自分は「はてなアンテナ」に文章を持つて行かれないやうサイトに對策を施してゐるのを見ると、何となく腹が立つんですが。
Klezが俺の名を騙つて俺宛てにメールを寄越して呉れた。SubjectがKotoba Kotoba Kotoba.だつて。
メールヘッダを見ると、俺はロシアに住んでゐるらしい。
唯一つ言へる事は、フランスにしてもイギリスにしても、君主制を否定する革命政府の支配を經て、身を以て獨裁の恐怖を味はつたと云ふ事だ。
平野氏やPiro氏が、論理的に純粹な民主主義を、論理的に純粹であるがゆゑに愛する事は、氏らがイデアリストである事から考へれば心理學的には納得出來る。だが、現實の人間が論理のみで動く譯ではない事から考へれば、純粹な民主主義が甚だ危險なものである事は明かだ。そして、フランス革命、清教徒革命、ロシア革命と云つた歴史的事件を見れば、國民が主權を獨占する事が、結果として民主主義を殺す結果に終る事は明かだ。
國王に權力の集中してゐた時代は終つた。しかし、國民が主權を持つやうになると、國王以外の權力の獨占が行はれるやうになつた。權力を得たからと言つて、國民が權力慾から免れ得た譯ではないのである。
近代の民主主義の發展は、權力の一極集中をいかにして防ぐか、と云ふ方法の摸索である。
政治は權力鬪爭の場であるが、その權力が國王にある事を民主主義は否定した。しかし、國民が主權を持つとしても、それは理念の上の事であつて、實際には國民の誰かが政治權力を行使しなければならない。さうなると、その誰かに權力が集中する事になる。權力だけならばまだ良いが、同時に精神的な支持をもその誰かは集める事になる。さうなると、獨裁者が出現するのは必然であり、結果として民主主義は機能しなくなる。
現實の民主主義は、機能が麻痺するのを避ける爲に、權力と精神的權威とを分斷し、竝立させようとしてきた。
共和制を採用してゐる國であつても、單に理念で持つてゐるやうな國はこの世に存在しないのであつて、あつても大概、バランスが崩れて獨裁に陷つてゐる。何とか共和制が維持されてゐる國は、政治權力と精神的カリスマ性とを同時に一人の人物に與へないやうに、或は一人の人物が長期間に亙つてそれらを獨占しないやうに、理念のみならず、制度の上で、工夫を凝らしてゐる。
民主的な制度と意識とが定着してゐる國が、にもかかはらず立憲君主制を採用するのも、民主主義を守る爲に政治權力と精神的カリスマ性とを分斷するのに一番手つ取り早い方法だからだ。特に歴史の長い國で、王室が長い傳統を持つてゐる場合、政治權力に對置する精神的權威として、國王の存在は都合が良い。
立憲君主制を採用した民主主義國家は、民主主義のイデアから考えると不純な存在であるけれども、共和制も決して純粹な民主主義とは言へない。(平野氏の言葉を借りれば)國民自身が主權を行使する事を選んでゐるとは言へ、現實の共和制の國々は、國民を疑つた結果として、國民が主權を獨占するのを妨げる制度を常に持つてゐる。それらの制度は、主權を持つ國民が暴走するのを避ける爲の「安全裝置」としての役割を果してゐる。
民主主義的立憲君主制の君主は、歴史的に果してきた精神的指導者としての機能を認められて殘されてゐる。主權を持つ國民が暴走しない爲の「安全裝置」としての役割を期待されてゐるのである。
實際のところ、「安全裝置」となる共和制の各種制度(アメリカの二大政黨制等)も、立憲君主制の「精神的カリスマ」としての君主も、ただ存在するだけでは機能しなくなる。さうなると民主主義自體の機能も停止する。だから、民主主義が生延びる爲には、それらの「安全裝置」は放置されてはならないのである。
日本國では、天皇の權威がかつて程なくなつたといつて、ますますその權威をおとしめようとする人が極めて多い。さう云ふ人に限つて、純粹な民主主義を信奉してゐるのだが、困つた事である。純粹な民主主義には必要ないといつて、民主主義が機能する爲には必要な「安全裝置」を破壞しようと、彼等はしてゐるのである。
彼等は、民主主義を守りたいのだらうが、その結果として民主主義を殺さうとしてゐるのである。日本に純粹な民主主義は要らない。天皇を無くせ、天皇の機能を殺せ、と主張する人は、では、天皇と云ふ重石がとれた時、國民が暴走し始める事は絶對にあり得ないとどうして言へるのか。或は、國民の暴走をとめる爲に、天皇に代る有效な代替手段を、彼等は用意出來るのか。
非常に俗つぽい意見になるのだが、天皇の存在を否定する人は、反對の爲に反對してゐるのであつて、その機能を代替する手段を全然考へてゐないやうに思はれる。或は、天皇に良い側面は無いと言張る事によつて、代替手段を提供しない怠慢をごまかす事が極めて多いやうに思はれる。
傳統的なものに、無意味だつたり、ひたすら有害だつたりするものは、案外少いものだ。長く生殘つて來たものには、生殘るだけの合理的な理由があるものだ。それを否定したり、近代的な代替手段を提供しようとしたりするのは、案外無理を生ずるものだ。
今動いてゐるものは、變にいぢくらない方が良い。PCと一緒である。
- ヨーロッパ即キリスト教という考え方は短絡的です。契約の概念は何もヤーウェの専売特許ではありません。ケルト文化の基底を為す重要な要素のひとつにゲッシュ(誓約)制度というものがありますし、契約による臣従システムであるところの封建制はゲルマン文化の遺産です。キリスト教を軽視するわけではありませんが、キリスト教を特別視するのもまた誤解を生みかねません。
- プロテスタンティズムは、諸侯が教皇庁や神聖ローマ皇帝からの干渉を排除し自領内での支配権を強化するためのイデオロギーとして機能しました。現在ヨーロッパに残っている王室を見ると、スウェーデン・オランダ・ノルウェーなど、むしろプロテスタント系の諸国の方が多かったりします。
- ロシアはいきなり絶対主義の頂点から革命へと飛んだわけではありません。ロマノフ朝は革命以前に既に絶対主義の緩和への動きを見せています。
- エカテリーナ2世による啓蒙主義
- パーヴェル2世の反動
- アレクサンドル1世による諸改革、デカブリスト運動
- ニコライ1世の反動
- アレクサンドル2世による諸改革、農奴解放
- アレクサンドル3世の反動
- 革命
- ……と、リベラル化と反動化を繰り返し迷走したのが帝政ロシア末期の特徴です。
- 発展途上国の多くは、圧倒的な外力によって国家としての発達を強制中断された経験を持ちますから、理想的(ここでの理想的とは「善い」ということではありません)なモデルに従わない場合も多いでしょう。ですが、それはモデルの無意味なることを示しません。怪我で三本足の馬がいたとしても、「馬は四本足である」という理想的モデルは揺るぎません。
- 歴史は未来を予言するものではなく、過去を説明するものです。
- 文明 (civilization) と文化 (culture) は全く異なる概念です。
カトリックの法王と各國の王との從屬關係とルネサンス・宗教改革以降の對立等、と言つてゐる。今更平野氏が註釈を附けるまでもなからう。
圧倒的な外力の有無は、形式主義的な判斷に、全く要らない要素だらう。形式主義者なら、
外力はあるかないかの判斷しかしない筈だ。そして、どんな國家にも
外力が働いてゐない事はない。もちろん、その
外力が
圧倒的か否かの線引きをする事は、形式主義者にはあり得ない。或は、イデア的なモデルに從はない發展途上國があるのならば、イデアは存在するにしても、そのイデアは現實的ではない、と言ふ事が出來る。例外の方が多い「原則」なるものは、原則ではない、と言つても良からう。
平野氏が形式主義になるのは、どうも「君主制」と「民主制」の區別の時だけであるやうだ。
辭書における意味。「ロングマン現代學習英語辭典」
選出された人民の代表による統治の事。
選出された人民の代表によつて統治される國で、元首は大統領である。
monarchyと比較せよ
王・女王の統治の事。
republicと比較せよ
民主主義と共和制とがほぼ同じ定義をされてゐる。しかし、共和制と對置されるのが君主制なのであり、民主主義と君主制とは對置されてゐない。定義は被つてゐるが、民主主義と共和制はイコールなのではない。
平野氏にしてもPiro氏にしても、「民主主義」と云ふ言葉に拘り過ぎてゐるやうに思はれる。民主主義だからと言つて、君主が存在してはならないと云ふ事はない。君主がゐても、國民が代表を出して、大體民意にそつた形で政策を決定してゐれば、それは民主主義だ。
単純に定義することができないなら、複雑に定義すれば良いだけのことです。
實は、この言葉にかちんときた。なぜなら、平野氏にさう言ふ資格は無いからだ。平野氏は、複雜な現實を無視して、單純に「民主主義」の定義をした。そんな平野氏の態度を批判して私は「さう云ふ單純化は良くないから、現實を見ろ」と言つたのだ。「複雜に定義をすべきだ」と言つたのは私の方なのだ。それを知つてか知らずしてか、平野氏は私に居丈高に批判を加へた。「人は自らを否定すべき文句で以つて他人を罵る」。
私は平野氏に、こんな御説教をされる言はれは無い。
福田恆存の本を讀んだ事もない平野氏が福田氏の口を借りるのは噴飯もの。福田氏なら、自分の勝手な判斷を暴走させて、「野嵜は逃げてゐるに違ひない」「なぜ逃げるのか?」と妄想を膨らませる事はしない。
福田氏ならば、言葉遊びのやうな抽象論を弄ぶ平野氏の態度をこそ、批判する筈だ。
と言ふより、どうも平野氏は、葦津珍彦の論文を紹介した昨日の文章を、默殺しようとしただけの事らしい。民主主義の概念を、平野氏はひたすら觀念的に追求してゐるが、私は現實の事例から歸納的に見定めようとしてゐる。それが平野氏には氣に入らないらしい。
平野氏にしてもPiro氏にしてもねずみ氏にしても、形式的に或國の體制を民主主義か否かに分類するが、その分類が分類に終るならまだしも、即座に價値判斷に轉化する。それが困るのである。
實際のところ、平野氏の流儀で民主主義か否かを決定するのは容認出來るが、その場合の民主主義はそれ自體、善でも惡でもない價値を超越した分類項目であるべきだ。君主制を民主制と對置させるのは、分類としてならば可能だが、その場合の君主制は、ただ單に民主制でない、と云ふだけの事で、やはり良くも惡くもないものでなければならない。なのに、平野氏は、民主制でないから君主制は惡い、と言つてゐる。
歴史を論ずるにしても、政治體制を論ずるにしても、どう云ふ譯か、「自分は價値判斷を超越した觀點から話をしてゐる」と主張する人がゐて困る。さう言ふ人が、本當に價値判斷をしてゐないならばともかく、實は價値判斷に基いて物事を裁きつつ、その自分の裁定を永遠の眞實であるかのやうに見せかけてゐるだけである事が屡々である。平野氏も、そのやうな困つた人であるやうに思はれる。
主権が国民に由来しているのが民主主義。これはいいですよね。で、その主権については、国民全体でこれを行使するか、それとも代表者を選出して行使させるかのいずれかでしかありません。もし前者を採るのであれば純粋民主主義 (pure democracy) ということになるでしょう。そしてもし後者ならば共和主義になります。
主権が国民に由来しているのが民主主義
、と平野氏は定義する。言換へれば、「國家を統治する權利は國民の生得のものである」と平野氏は言つてゐる。平野氏は、これが單なる定義だと思つてゐるが、實は定義ではない。これはテーゼである。
或は、「國家を統治する權利は國民の生得のものである」と云ふテーゼを受容れた人にとつてのみ、主権が国民に由来しているのが民主主義
と云ふ「定義」は眞實となる。
平野氏は、かうやつて、主觀的な價値判斷を、恰も客觀的な眞實であるかのやうに見せかける。それは、平野氏にとつて、無意識の事だ。平野氏は既に、「國家を統治する權利は國民の生得のものである」と云ふテーゼを受容れてゐるからである。信者にとつて、自らの信仰は眞實である。
世界が民主主義を受容れる方向に向つてゐるとは言へ、その事實が「國家を統治する權利は國民の生得のもの」である譯ではない、と云ふ事の證明となつてゐると言へよう。もし、「國家を統治する權利は國民の生得のもの」であるならば、世界の全ての國々は最初から民主主義を採用し、他の一切の政體はとらなかつたであらう。
それにしても、国家権力の淵源
、とは、国家権力を行使する主体を選ぶ権能を国民が持ったということ
だ、と云ふ説明を平野氏がするところが不思議だ。
このやうな説明をした平野氏が、その主権については、国民全体でこれを行使するか、それとも代表者を選出して行使させるかのいずれかでしかありません
、と言ふのである。平野氏の主張の場合、主体を選んだ結果は決つてゐるのである。平野氏の主張にそつて言へば、民主主義では、「自分達で自分達を選ぶ」か「自分達で自分達の中から代表者を選ぶ」かのどちらかの「自由」しかない事になる。
言換へると、平野氏の民主主義論では(飽くまで、平野氏の民主主義論では、である)、「主體を選ぶ國民」と「主體として選ばれた國民」とは、必然的に同一の國民に決る。淵源も主體も、平野氏の説では同一なのである。殊更に區別する必要がない。
「私は代金を支拂ふ」と、「私は代金を支拂ふ時に、必ず代金を支拂ふ事を選ぶ」とは、同じ事を言つてゐる。「國民が國家權力を行使してゐる」と、「國民が、國家權力を行使する主體を選ぶ權利を持つた時に、必ず國民自身を選ぶ」とは、同じ事を言つてゐる。同じ結果を生ずるならば、形式主義的には同一の事と看做すのが當然の態度だらう。形式主義を標榜する平野氏が、殊更内實を強調する理由は、私には良く分からない。ただ、平野氏のさう云ふ態度は、論理的には不自然だと言へよう。
民主的な独裁者と言つてゐるのは、やはり不自然だ。「獨裁官を置いたのだから、古代ローマは共和制ではない」と判斷するのが、形式主義と言ふものだらう。
民主的な独裁者と云ふ曖昧な言ひ方をしてゐる。
民主的な独裁者であると言ふにしても、その
民主的は現代的な民主主義と類推的・聯想的に似てゐるだけであつて、本質的に獨裁官は民主主義的ではない。
もちろん、民主的な独裁だから良いとか悪いとか、そんなことを言うつもりはありません、と云ふ平野氏の一言は、それこそ「逃げ」だらう。何から逃げてゐるのかと言へば、「價値判斷をする、と云ふ態度をとつてゐるのを認める事」から逃げてゐるのである。それは當然、平野氏が價値判斷をしてゐない、と云ふ事ではない。文脈から見て、平野氏が
民主的な独裁者であるローマの獨裁官を良い存在だと看做してゐない事は明かである。
多數決で政策を決めるのが民主主義だ。民主主義では多數決で政策を決めるものだ。
その決定された政策に實效を持たせる爲、「自分逹で決めた事なのだから」と言ふのが共和制で、憲法(成文・不文に關らず)により君主の御墨附を貰ふと云ふ建前を取る事が決められてゐるのが立憲君主制だ。
ただし、全ての政策を多數決で決めるのは效率が惡いから、官僚の存在は缺かせない。そして、官僚による政策決定がある事をもつて、その國が民主主義でない、と決める事は出來ない。
基本的に、國民から代表者が出てゐて、國民の總意が政策に大體反映されてゐれば、その國は民主主義の國と言つて良からう。
しかし、かつての軍政下にあつた大韓民國も、民主主義陣營の一員であつたのである。その頃は、共産主義陣營と反共陣營が對立した冷戰時代だつたが、さう云ふ時代には反共の側である事が民主主義陣營である事の證據であつた。
單純に、これが民主主義だ、と定義する事は、出來ない。
或國が民主主義の國であるか、またはそれ以外の體制の國であるかは、歴史的な事情を考へる必要がある。單純な理窟で割切れるものではない。
レガシーな「物理マークアップ」を機械的に置換へるのがCSSだ、と思つてゐる人は多いのだらうね。
昔、「タグ」と云ふ用語を機械的に「要素」と云ふ用語に置換へただけの「正しいHTML」の本があつたつけな。
なぜすぐに、機械的な置換へをやらかすのだらうか。個別の問題を個別の問題として具體的に考へる事が、どうして出來ないのだらうか。なぜ一括りにして、無理矢理一つの理論として何でもかんでも考へようとするのだらうか。
何でも抽象化し、單純化して論じれば良いと云ふものではない。
そもそも、國家體制の善し惡しは、或は國家體制は、その國家の歴史や環境等によつて條件が異り、一般論として述べる事は出來ない。
葦津珍彦は、有名な論文「國民統合の象徴」で、各國の政治體制を比較して、近代の共和制と立憲君主制がいかに獨裁の出現を避けるべく、權力の分散をはかつたかを具體的に論じてゐる。
第三共和國では、大統領を、議會で選出することに決め、政治權力を與へない事にした。
もつとも政黨的な能力と、もつとも超黨派的な風格とを、ただ一人で擔ふが、二大政黨制を取る爲、壓倒的な支持を得る事は難しく、獨裁に流れにくい。
日本の天皇は、政治權力を持たず、西歐的な意味で非政治的である。世界で一番、政治的な力を持たない君主と言つて良い。にもかかはらず、天皇は強い社會的影響力を持つてゐる。言換へれば、天皇に政治的な支配力は無いが、精神的な支配力は、とても強いものがある。
今、日本が大統領制に移行したとして、大統領となり得るのは、小泉純一郎氏か、石原慎太郎氏か、菅直人氏か、鳩山由紀夫氏か、その邊りだらう。保革が逆轉して、おたかさんや、不破哲三氏が大統領になつたと考へても良い。これらの人物と、天皇とを比較して、日本國の代表として、どちらに威厳を感じられるだらうか。そもそも、どの國民もが、納得して「國の象徴」と認められる人物が、政治家の中に存在するだらうか。
今の天皇陛下は、その邊りの事を全然考へていらつしやらないやうで、「國民に親しまれる皇室」を實踐したり、謝罪外交を展開したり、と、威厳もへつたくれもないのだが、さう云ふ阿つた態度が逆に國民の期待を裏切つてゐると、私は考へる
昭和天皇が偉かつたのは、自らの立場を自覺なさつて、公正を重んじ、政治的なレヴェルを超越しようとなさつたからだ。昭和天皇の行動を政教分離の近代的なセンスに基くとする説があるけれども、私は反對だ。昭和天皇は、國民の精神の據り所と云ふ立場を守る爲に、卑俗な印象を與へぬやう努力されたのだと思ふ。
續き。
野嵜さんは独裁と民主とを対置する福田氏の説を引いておられますが、私にはこれは適切だとは思われません。「独裁」というのは国家権力の行使主体に関する話であり、「民主」というのは国家権力の淵源に関する話です。乗っている軸が違うのですから、両者は対立概念とはなりません。民主的な独裁者というものもあり得ます(例:ローマ共和国の独裁官制度)。
平野氏は、例の「シナリオ」の「民主共和制」の項に、国民が全国家権力を掌握
と云ふ註釋を附けた。ならば、平野氏の説では、「民主」が、国家権力の淵源
、ではなく、国家権力の行使主体
に基く定義であると言へまいか。
平野氏は、「民主」なる概念を、或部分では国家権力の行使主体
の觀點から説明し、別の部分では国家権力の淵源
の觀點から説明してゐる。
国家権力の行使主体
の觀點も、国家権力の淵源
の觀點も、国家権力
と云ふ觀點から政治體制を觀察してゐる點では變りがない。ただ、國家權力と政治體制との關係を何う解釋するかで、同じものがその主体
として捉へられたり、淵源
として捉へられたりするに過ぎない。
「獨裁」に就いても、ソヴィエトの指導者等、獨裁者個人の資質がその權力の淵源である、と説明してゐるくらゐで、国家権力の淵源に関する
側面も持つてゐると言へる。
殊更、主体
と淵源
の違ひを強調して、異る解釋をする事で、對立概念である二つのものを、「それとこれとは話が別」と言つて區別して見せる事はない。
大體、「民主的獨裁主義」「獨裁的民主主義」なるものが存在しない。両者が對立する概念だからである。
古代ローマの獨裁官は民主的な独裁者
だ、と平野氏は言つてゐる。しかし、ローマの獨裁官でもつとも有名なのがシーザーであるのを見れば、平野氏の解釋が誤つてゐるのは火を見るよりも明らか。シーザーは後世、皇帝を意味するやうになる。
俺は天皇の概念なるものを身にしみて知つてはゐない。
ただ、俺は昭和天皇を知つてゐる。直接會つたり、話をしたりした事はないが、昭和天皇と云ふ人がゐた事は、良く知つてゐる。そして、昭和天皇を俺は尊敬してゐる。
昭和天皇に比べると、今の天皇陛下は、政治的に偏つた發言が多い。或は、昭和天皇に比べると、今の天皇陛下は、公正と云ふ點で、思慮に缺ける發言をなさる事が多いやうに思はれる。困つた事だと思ふ。
今の天皇陛下ははつきり言ふと「暗君」だと思ふ。しかし、だからと言つて今の天皇陛下を茶化さうと、俺は思はない。敬意は拂ふ。
ルソーやプラトンに拘つてゐるのではない、と主張する平野氏。しかし、平野氏が、現在までの君主制の變化を無視してゐる事は明かだ。
平野氏は、立憲主義について、以下のやうに述べてゐる。
この事例からわかるように、「強大な権力を有する国王に対し、法によって一定の制限を課すことで、その独断専横を防ぐ」というのが立憲主義の発想です。
「強大な権力を有する国王に対し、法によって一定の制限を課すことで、その独断専横を防ぐ」という立憲主義本来の思想に照らして見ると、もはや天皇は立憲君主ではありません。
この、平野氏の解説は、立憲主義の由來を説明したものだが、由來は由來に過ぎない。また、立憲主義における憲法の存在意義を「王權に對する制限」とする思想は、一面的なものでしかない。
平野氏は、立憲君主制が成立後どのやうに進歩してきたか、と云ふ過程を無視して、過去の或一時點の價値觀を基準に判斷しようとしてゐる。その一方で、平野氏は、「權力が委讓される段階」と云ふ説を唱へる。
ですが、世界史全体の流れから見た場合、立憲君主制は絶対君主から国民に権力が委譲されていく過渡的段階としておおまかに位置付けることができるでしょう。
国家権力の分布状態に着目して一国の歴史を俯瞰すると、概ね以下のようなシナリオを描くことができます。
- 封建領主の群立(国家内で権力が重層的に散在している状態)
- 絶対君主の台頭(一国家一君主。貴族の影響力を排除し、君主が単独で国家権力を掌握)
- 立憲君主制(君主から国民に段階的に権力が委譲されていく)
- 民主共和制(国民が全国家権力を掌握)
この「シナリオ」は、決して肯定出來ない。事實に反してゐるからだ。
国民が全国家権力を掌握した國家には、從來絶對君主制であつたものが、革命等によつて一氣に主權が移動した、と云ふ例がかなりある。(ロシア→ソヴィエト聯邦)
また、所謂先進國と、發展途上國とでは、「近代國家」が成立する過程が根本的に異る。
どちらかと言ふと、文明の觀點から見て「先進國」では穩健な態度が、「後進國」では急進的な態度が一般的である。
後に民主共和制が實現した國は、たとへばアメリカは歴史の淺い國であり(「獨立革命」によつて成立)、さうでなければ、比較的最近まで封建制の殘つてゐた國が、革命的に民主主義に移行した場合が多い。
それ以外でも、長い事植民地であつたやうな國が獨立の際に民主主義を與へられた、と云ふ例が結構ある。平野氏が擧げてゐるリベリアは、解放奴隷の國であり、その民主主義はアメリカを參考にしたものである。
政体の分類は「形式主義的」になされる
、と云ふ説は、餘りに「客觀的」過ぎる。「國家の性格」は、單に憲法の條文に何が書かれてゐるかとか、さう言つた「形式」で判斷されるものではない。何十年も憲法が停止されてゐる民主主義國家はざらだ。
そもそも、形式的な判斷と言ふが、一體全體どうやつて、「絶對君主制」と「立憲君主制」を區別するのか。憲法で王權が制限されてゐるかどうかがその判斷の分れ目になると、平野氏は言ふだらうか。しかし、それにはネパールと云ふ反證がある。
しかし、「絶對君主制」と「立憲君主制」とを、平野氏は區別せず、單に民主制と對置すべきものとしか見まい。しかし、立憲君主制と絶對君主制とは區別すべきものだから、平野氏の「形式主義」はイデア論的なものでしかない。
ですが、「近代的な立憲君主制の現實」とは何か、ルソーの思想がそれに適用できない理由は何か、もし適用するとどのような「危險」が生じるのか、といった諸論点を抜きにいきなり「間違つてゐる」と結論してしまうのは、少々乱暴過ぎやしませんか。
直接民主制を志向していたこと、人民の一般意思は誤まることがないと考えていたことなど、ルソーの思想が今日の社会において不適当な一面があることは、認めます。
と平野氏は書いてゐるが、それらの不適当な一面
を氏は無視してゐる。私は、その不適当な一面
を無視出來ない。平野氏の所謂不適当な一面
は、實は一面ではなく、ルソーの根本思想なのである。根本的な部分に致命的な缺陷があるのだから、ルソーを參考にするのはともかく、全面的に依據するのは、危險なのである。
人民の一般意思は誤まることがない
、だから直接民主制
は良い、と考へるルソーが、直接民主制
とそれ以外、と云ふ「二分法」を採用するのは自明の事だ。さう云ふルソーの考へ方を根據に、君主制と民主制は相容れない、と云ふ結論を下すのは、どうかと思ふ。根據に不適当な一面がある
のだから、結論にも不適当な一面がある
のは間違ひないところだ。
多分續く。
中学生のためのHTML入門
との事だが、titleの中身が空つぽと云ふ致命的なミスをやらかしてゐる時點で以下略。
http://homepage2.nifty.com/diehard920/1-2.htmの記述を斬る。
発信ではない。
命令コマンドを付ける事ではない。
ブラウザに表示の仕方を教えるためのしるしではない。
基本形構造タグなる言葉は存在しない。htmlもheadもbodyも、HTML 4.01では省略可能で、明示しなければならない決りはない。
http://homepage2.nifty.com/diehard920/ を HTML4.01 Transitional としてチェックしました。
122個のエラーがありました。このHTMLは 78点です。タグが 23種類 757組使われています。文字コードは Shift JIS のようです。
HOTALL Ver.6.0Wの生成するリソースは非道いが、それを修正してこの點數にまで持つて行くIBM WebSphere Homepage Builder Version 6.0.4.0 for Windowsは、評價して良いのかも知れない。
アンドラ公國は、政體は共和制だが、元首はフランス大統領及びウルヘル司教(在スペイン)
である。共和制の國だからといつて、國民の誰でもが元首になれる可能性を持つ譯ではない。
元首が誰であるか、と、主權が誰にあるか、とは、全く別の話である。その邊を勘違ひして、民主主義ならば誰もが元首になれなければをかしい、とPiro氏は主張したのであらう。平野氏も、同じ誤を冒してゐるやうに思はれる。
外務省ホームページ(日本語)-各国・地域情勢-は一番當てになる情報源。暇潰しにも使へる。
民主制と共和制とはイコールではなく、共和制でなくても君主制でも民主的たり得るのが立憲君主制なのである。
なほ、共産黨の山口富男氏のサイトに、第154回国会 衆議院 憲法調査会政治の基本機構のあり方に関する調査小委員会 第5号 2002年07月04日 日本共産党衆議院議員 山口富男と云ふリソースがある。參考までに。
立憲君主制の民主主義國家が存在してゐる事實を見れば、平野氏、Piro氏らの主張が觀念論に過ぎない事は明か。
君主制は民主制とは相容れない概念です。民主主義の民主主義たるゆえんは、主権者が人民である(したがって国家主権の究極的な淵源は人民の意思に求められる)ことにあるのであって、民意が結果的に反映されているか否かをもって直ちに判断基準とすることはできません。「優しい王」の支配する国は、住み良く豊かな国かもしれませんが、民主主義国家ではありません。
そんな事は絶對にない。俺はそんな形式主義的判斷は認めない。
主權が人民にあると云ふ建前であつても、獨裁者がゐれば、その國は民主主義の國ではない。
「優しい王」の支配する国
、が、どのやうな國か、さつぱりわからないが、皮肉つぽい言ひ方だから、多分「優しい王」の專斷政治が行はれてゐる國なのだらう。もちろん、そんな國が民主主義國家である譯がない。しかし、俺はそんな國が「民主主義で君主制をとつてゐる國である」などと言つてゐない。わざと、人の主張をねぢまげて、惡いイメージを與へようとするのは止めて貰ひたい。
現實に存在する立憲君主制の民主主義國家を見れば、俺の言ふ事は明かだ。イギリスにしても日本にしても、君主が專斷政治を行つて等ゐない。日本もイギリスも、基本的に、國の方針は議會で決定され、それに君主が御墨附を與へる形をとつてゐる(イギリスの場合には、國王が、時と場合によつて、政治家にアドヴァイスを與へる事もある。戰前の日本も、原理的にはさう)。
平野氏はルソーの分類を提示してゐる。慥かにルソーは民主主義理論の先驅者で、その理論は參考にはなる。しかし、ルソーは、近代的な民主主義を知らない。そもそも、ルソーの理論は、空想的な社會主義の先驅とも言ひ得るものだ。ルソーの言ふ「民主主義」の意味には、近代的な民主主義と云ふ概念の意味と、ずれがある。
また、ルソーの理論は寧ろ、革命理論だ、と云ふ説がある。
近代的な立憲君主制の現實を通つてゐないルソーの考へる君主制の概念を基準に、現代の君主制を考察しようとするのは、危險だ。ルソーないしプラトン的な意味での「君主」という呼称は妥当性を欠くと思われます。
と平野氏は最後に書いてゐる。しかし、そもそも、ルソーだのプラトンだのを持出す事が、今の議論の場合、間違つてゐる、としか言ひやうがない。
福田恆存が「當用憲法論」で、次のやうな圖を提示してゐる。
君主制 | 共和制 | |
---|---|---|
民主主義 |
|
|
獨裁主義 |
|
|
福田は、民主主義と對立する概念は、獨裁主義である、と主張してゐる。そして、君主制と共和制との間の境界は、曖昧で、越境可能
だとしてゐる。しかし、民主主義と獨裁主義とは絶對に相容れず
、互ひに越境出來ぬ性格がそこにはある
、としてゐる。
重要なのは、民主主義の性格と、獨裁主義の性格とは相容れない、と云ふ事だ。福田は、君主制から共和制への流通
が可能なやうに、一方で、民主主義から獨裁主義への越境
を不可能となるやうにすべきだ、と主張してゐる。
tableを使つてしまひました。墮ちて行く……。
俺は一度も「今を昔に戻せ」とか「昔の方が今よりも絶對的に良かつた」とか言つてゐない。ただ、今のやり方と昔のやり方とに折合を附けろ、と言つてゐるだけだ。
正字正かなを「單なる昔の記法」だと思つて非難する人がゐるけれども、正字正かなはさう云ふ代物では無い。
讀者の方からメールを頂戴しました。
『しかも、野嵜氏が天皇が「統治者」すなわち「統べ治める者」であるかどうかに ついて 「治める」の部分を無視していることを受けての統者ではあっても統治者ではない という フレーズを字面の面からだけ非難していたり、』 という件に対しての反論がありませんが、あまりに馬鹿馬鹿しくて無視されたので すか? 決して字面の面からだけの批判ではないということは、(釈迦に説法ですが)漢語 では類似の意の 字を重ねて語をつくることが多い旨の説明をされないとpiro氏にはご理解頂けない ような気がします が、その部分だけ理解されてもしょうがないでしょうか。
どうもありがたうございます。
物凄く單純に言ふと、「過激なのは異常」と云ふ事。
戰後、日本人は、天皇をかつての地位から轉落させたが、それで良かつたと信じ込むのは馬鹿だと云ふ事。
天皇は、昔から偉い存在だと看做されてきたが、現在は看做されてゐない。しかし、看做されるやうにすべきだ。なぜなら、天皇が轉ければ、日本では全ての權威が轉けるから、誰も尊敬すべき存在を持たなくなり、その結果、自己中心的な態度が蔓延する事になるからだ。それでは困る。
また、天皇を無くせば、反動として、天皇を遙かに越えた強壓的な獨裁者が出現する可能性もある。それも困る。
だから、天皇を、適切な範圍で尊敬すべきである。無闇矢鱈と虚假にするのはよろしくない。それは、無闇矢鱈と崇拜するのと同程度に、異常である。
Piro氏は「民主主義の國では、國民の誰もが元首になれなければをかしい」と主張してゐる。しかし、これは根本的に間違つてゐる。誰にも平等に機會を與へよ、と云ふ主張は、本質的に平等の原理に基いた主張で、平等主義の主張にほかならない。そして、全ての人間は平等である、と云ふ原理は、共産主義の根本原理である。
Piro氏は、民主主義の原理に基いて話をしてゐる積りだが、實は共産主義の原理に基いて話をしてゐる。だから、君主制を認められないのである。
民主主義の國がとり得る政體は、共和制と君主制である。その違ひは、單に、主權者を、不特定多數とするか、特定の個人とするか、に過ぎない。なぜ民主主義で君主制が成立するかと言へば、民主主義では大筋で民意が反映されれば良いとされるからだ。名義上「君主の國」とされてゐても、實質的に國民の意志が通つてゐればその國はれつきとした民主主義の國なのである。
民主主義の國では、大體の國民の總意が成立すればそれで良しとされ、「國民全體の意志は既に一致してゐる」と云ふ建前(即ち、嘘)が必要となる共産主義の國とは異る。例へば、民主主義の國では、全會一致は原則ではない。多數決が原則である。平等を建前とする共産主義の國で、人民大会は屡々「全會一致」である。
この邊り、共産主義者は頑として認めないのだが、民主主義の國では、形式を形式として存置する一方、實質で民意が反映されてゐれば良いのである。そして、歴史的な經緯で成立した民主主義を守るのに都合が良いから、歴史的な經緯で形成された形式は保存すべきだと、民主主義を支持する人は考へなければならない。
再び、共産主義者は認めない筈だが、革命で成立した、或は、革命的に成立した新體制は、大變に脆い。既に述べたやうに、さう云ふ「歴史の無い」體制は、必ず「恐怖政治」を採用せざるを得ない。さうしないと、體制を維持出來ないからだ。だが、さう云ふ「恐怖政治」は、困る。
立憲君主制の民主主義國家が、君主の存在を必要と認めてゐるのは、絶對的な君主制から、正式な手續きを經て、徐々に近代國家を作つた、と云ふ歴史を、一つの流れとして固定し、既成事實とするのが目的である。
支配者である君主を現實に無くす事によつて、被支配者である人民を解放せよ、と云ふのが共産主義の論理だ。しかし、民主主義では、君主の果すべき役割を、現實的な支配ではなく、形式的な(名義上の)統治者である、とする事で、君主と國民の關係を再定義するばかりでなく、結果として君主に代る絶對的な支配者の出現を防止しようとする。
言換へると、Piro氏流の急進的な發想は、反動も強くなるから、危險極まりない、と云ふ事だ。Piro氏はこちらの主張を、保守的な考へ方だと極め附けたが、保守的である事のどこが惡いのだらうか。急進的であるよりは、餘程穩當ではないか。
Piro氏やねずみ氏の「實力次第で誰でも尊敬されるべきだ」と云ふ主張は、それはそれで正しい。が、その「尊敬される存在」が絶對的なカリスマに轉ずる危險を防止する策を、兩氏は全く述べてゐない。しかし、さう云ふ政治的な「セキュリティホール」に對する危機意識を、兩氏は全く持つてゐない。
おめでたい事だとしか言ひやうがない。