闇黒日記

2000.12.6

Seamonkey最新情報。

12月に入つて不安定な状態が續いてゐたSeamonkey MTrunk(Win32版)のNightly Buildだが、http://ftp.mozilla.org/pub/mozilla/nightly/2000-12-05-21-Mtrunk/のBuild ID:2000120520版は久々の安定ヴァージョン。

なんだかやけに速くなつてゐるやうな氣がする。まあ、毎囘使ひはじめには速くなつてゐるやうな氣がするのだが。

2000.12.6

「CNET | DOWNLOAD DISPATCH (PC Edition) December 5, 2000 Vol. 5, No. 50」によると、早くもDownload.comのThis Week's Top 10 DownloadsからNetscape6が拔け落ちてゐる。

2000.12.6

Netgirl Working Groupにて新キャラクタ「魔法使いWAI!」プロジェクト始動。

Compact W3C子はどらふとのままほつたらかしにする豫定。

2000.12.6

nowrapなんぞ使はなくとも横幅は決め打ち出來るし、そもそもtableなんぞ使はなくとも畫面のレイアウトは出來る、と云ふ事實はcritical experiments lainが證明してゐると思ひますが如何。ついでに、Cascading Stylesheetでレイアウトを記述しても、IE4やNN4を切捨てた事にはならないと云ふ事も證明してゐると思ひますが如何。DreamCastは知らないですが。

それはともかく、おこたへ!なんて正かなで書いてゐるtester氏の正體は私ではありませんのでよろしく。


參考。CSS 版 noWrap問答@初めてのホームページ講座

2000.12.6

BSデジタル放送は駄目です。

チャンネル數を増やすのは意味がありません。チャンネル數は増やせるが、番組數は増やせないからです。NHKを見てゐればそんな事は誰もが氣附きさうなものです。チャンネル數許り増やしたNHKはろくな番組をオンエア出來ません。しかし恐ろしい事に、斯る事實に誰も氣附かうとしません。恐らく誰もNHKを見てゐないのでせう。いやいや、テレビなんぞ下らなくて見ちやゐられねえと思つてゐる連中が、現在のTV局を運營してゐるのではないですか。

デジタル放送の機器をユーザが使ひこなせるのか、と云ふ大問題のある事も、業界の人間は全員忘れてゐます。世の中には最新技術を教へられても絶對に理解出來ず、使ひこなせない人間が澤山ゐるものです。「スタージョンの法則」によれば、人間の九割九分は屑です。今の難しいデジタル放送關聯機器は一部の人間にしか扱へません。

例へば、爺婆はヴィデオすら扱へません。デジタル放送なんて、爺樣婆樣連中はとてもではないが見られやしないでせう。高齡化の進む日本で、老人を無視してインフラ整備を進めたところで、普及する筈がありません。デジタル放送は誰にも視聽されません。


既に一部のマニアしか見ない映畫しかコンテンツが存在しないBSデジタル放送に、將來性はありません。映畫なんぞさつぱりやらず、晝間はニュースを延々と流し、夜はエヴァが最大の目玉なんて云ふBS日テレなんて悲慘な放送局もありますけれども、コンテンツ不足である事に變りはありません。

私は放送局なんぞに同情しませんから、みんなさつさと潰れちまへとか思つたりします。フランス人やイギリス人は、テレビなんざ見ません。日本人もテレビにはそろそろ引導を渡すべきです。マスメディアは一度全滅する時期が來てゐます。

2000.12.6

W3C子に缺けてゐるのは人柱精神ではないか。違ふか。

良く考へてみたら、WindowsMeのデフォルトのデスクトップ色は、OS/2 Warp4のそれに何となく似てゐる。

2000.12.6

私の言つてゐる事は間違つてゐるか。間違つてゐないのならば、OGGI氏は自分の非を認め、削除したリソースを全て元に戻し、以前と變はりなくサイトの更新を續ける事。そもそも私はOGGI氏に「サイトを削除しろ」と要求してゐない。「サイトを削除しなければならない」と思つたのは、OGGI氏の誤解である。

2000.12.6

<Flame off.>の後の方が嫌みたらしいな。と云ふか、嫌みそのもの。

2000.12.6

去華就実のOGGI氏、辯明の文章を掲載。依然として、全く納得の行かない内容。

簡單な「つつこみ」の範疇に收めたいと思ひますが、私の書く文章ですから當然の如く長くなります。


<Flame on.>

立場の説明

W3Cの勸告が正しいと言ひたいのか、間違つてゐると言ひたいのか、一體全體どつちなの?

と云ふ私の問を、OGGI氏は、以下のやうにはぐらかす。

正しいとも間違っているとも答えようがありません。そのどちらかといえるものではないと考えるからです。もちろん、正しいところもあるが間違っているところもあるというのではなく、正しいところもあるが、あまり現実的とはいえないところもあるということです。

OGGI氏が、そのどちらかといえるものではないと考えるのはなぜか。私には全く理解出來ない。

正しいところもあるが間違っているところもあると言ふのなら論理の流れから言つて自然であるが、正しいところもあるが、あまり現実的とはいえないところもあるでは論理の流れは、正しくないと云ふ事にならないか。OGGI氏は論理の流れを重視する立場にある筈ではないか。なのにOGGI氏は、斯くも論理の流れが正しくない文章を書く。それはなぜなのか。

私は二重の意味でOGGI氏の文章を疑ふのである。「OGGI氏の文章の論理の流れがをかしい事」「論理の流れが大事と言ふOGGI氏が論理の流れを無視する事」――以上の二點に就いて、私は納得出來ない。

そして実務における両方を考慮して折衷するという観点からは、やはりどちらにも多少の妥協を求めざるをえないということはご理解いただきたいのです。

とOGGI氏は言ふ。だが、「あれも、これも」と云ふ欲張りを言つて宗吾に矛盾する事を一人の人間が言ふのは良くないと私は思ふのである。日本人が「あれか、これか」の問題を理解しないし、理解する必要がないと思ふのは自然だが、自然と云ふのは嫌なものである。自然であると云ふ事は近代以前と云ふ事と同義である。


餘談。

私は、HTMLの規格を重視する立場も尊重しているつもりですし、ブラウザの互換や実際の表示結果を重視する立場も尊重しているつもりです。ちゃいぱさんのWeb相談室でPiroさんやカヅサツさんにもお答えいただいた「改行を含むCODEやSAMP」を読んでいただければ、どちらも尊重しようとはしていたとおわかりいただけると思います。

強調野嵜。

改行を含むCODEやSAMPを讀んだ。OGGI氏の「質問」は以下の通り。

 改行を含むCODEやSAMPに対して、スタイルシートでボーダーをつけ、 かつ、width:100%を指定した場合、IE5では、改行を含めた全体に対し て枠線が表示されますが、N6では行ごとにボーダーが表示されます。

 なお、改行を含むPの場合には、IE5でもN6でも改行を含めた全体に 対して枠線が表示されます。

 これは、CODEやSAMPといったものに対する仕様なのでしょうか? それともN6のバグと考えた方がよいのでしょうか?

 こんな感じのものに、枠線をつけたいのです。
<CODE> あああ<BR> いいい<BR> <CODE>

 全体をDIVでくくるしかないでしょうか?よろしくお願いします。

全体をDIVでくくる事で仕樣に適ふ事をOGGI氏は知つてゐたのだらうし、ならばCODE、SAMPともにインライン要素と云ふ事もOGGI氏は理解してはゐただらう。にもかかはらずOGGI氏はCODE、SAMPともにインライン要素として扱ふN6の擧動を疑ひ、バグと考えた方がよいのでしょうか?と質問した。

ちゃいぱ氏は以下のやうなコメントを附けてゐる。

CODE、SAMPともにインライン要素なので、N6の方が正解のような気がします。

以上のOGGI氏とちゃいぱ氏の問答は意味がない。「インライン要素がブロック要素みたいにレンダリングされない」とOGGI氏は不平を述べ、それに對してちゃいぱ氏は「インライン要素はブロック要素みたいにレンダリングされないものです」と慰めてゐるだけである。換言せば、上の二つの發言は、同語反復以上のものではなく、問答になつてゐない。OGGI氏もちゃいぱ氏も、或はPiro氏も、htmlに關する理解は似たやうなものである。

 ちゃいぱさん、Piroさん、ありがとうございました。

とOGGI氏は禮を述べてゐるが、ちゃいぱ氏とPiro氏の囘答は本質的にOGGI氏の役に立つてゐない。

私が囘答するならば「インライン要素をブロック要素と勘違ひしてこんな感じのものに、枠線をつけたいなんて考へる事自體が間違ひだ」と答へるところである。


閑話休題。

反語表現に関する解釈の違い

私は仕様書を全く否定するつもりはありません。

2000.11.27の闇黒日記で私はかう書いてゐる。

DTDがなくとも私は文書を書く事が出來ます。ですから、上記の文章の前提は間違つてゐます。

私はOGGI氏の文章の前提即ち「htmlの仕樣書」に就いて論ずる事自體が間違ひだと言つた。htmlのDTDは、普通の文章をマークアップした結果出來上がつた「html文書」が如何なるものであるかを記述したものに過ぎない。即ち、或文書がDTDに適合してゐるから正しいhtml文書であると云ふのは、本質的には同語反復である。

私は以下のやうに結論を下した。

W3Cの仕樣書が現状に即した仕樣書である事は、疑ふべくもありません。

ここで言つておくが、私の言ふ現状に即したと云ふ時の「現状」と、OGGI氏の言ふブラウザの互換や実際の表示結果を重視する立場の「実際」とはまるきり意味が異る。私の言ふ「現状」とは、人間が文章を書く過程そのものを指す。OGGI氏の言ふやうな「ブラウザの表示結果」と云ふ目に見えるものではない。

從來の「構成」型のオーサリング方法をOGGI氏は前提としてゐる。私はさう云ふ「構成」型のオーサリング方法自體が間違つてゐると言つてゐるのである。ウェブのオーサリングは制作者の思想の表現過程であると云ふのが私の主張である。そして、「過程説」でなければ「表現活動とは如何なるものか」を首尾一貫して説明出來ない。

論理構造に関する解釈の違い

これは日記という形式を用いた小説ですから、古い順に並べるのが当然であるものですが、普通の日記であっても数日前の話題が前提となることはあると思います。そうであれば、もし日記に論理構造を見出すとすれば、古い順に並ぶことが論理の流れに整合するものだと思うのです。

日記という形式を用いた小説を持出して、「ウェブ日記」一般に對するアンチテーゼとするのは間違つてゐる。しかし、そもそもの發想が間違つてゐる。

私が言いたかったのは、論理構造を重視するのであれば、論理の流れも重視すべきではないかということです。

「論理構造」と「論理の流れ」とは無關係である。「論理構造を重視する」と云ふ事と「論理の流れを重視する」とは無關係である。OGGI氏の言ひ方を眞似すれば、「論理構造を重視する事と論理の流れを重視する事とどちらが大事かといへば、そのどちらかといへるものではない」と云ふ事にはならう。だがそれは、せいぜい「論理構造を重視すべきところもあるが、論理の流れを重視すべきところもある」と云ふ意味であつて、兩者の間に因果關係はない。

非常に間抜けな例を持出して説明する。「象は大きい。だから象は哺乳類である」と云ふ文章は、前提條件と結論を「だから」と云ふ接續しで結び、論理構造を完全に保持してゐる。しかし、「象が大きい」からと言つてそれが「象は哺乳類である」と云ふ事の證明にはならないから、論理の流れは、正しくない。この文章は、論理構造は正しいが、論理の流れと云ふ觀點から見ると間抜けである。論理構造と論理の流れとは關係がない。

OGGI氏の主張は間違つてゐる。

最大の問題点

今回の一連の件に関する、最大の問題点は、やはり第〇段にあったと思います。

OGGI氏はさう言つて、頻りに反省して見せるから、ここでは「第〇段」の内容に就いてつつかない。ただ、第〇段  Webデザインって?の以下の發言にだけ、大事な事なのでコメントを附しておく。

厳密なHTMLを要求する人たちのいうことは、「HTMLの論理構造に適合しない」というものですが、HTML DTDってそんなにえらいものなのでしょうか。法律なりルールなりは、その根本は演繹的に作成されるものであるべきだと思います。しかし、それを具体化するにあたっては、実務から帰納的に調整されなければならないと思います。

既に述べた通り、この發言は「アンチW3C原理主義者」が屡々する批判と同じものである。これに對して「W3C原理主義者」が有效な反論をした事もない事は注意しておくべきだらう。そして、人間が文章を書く過程そのものを重視する「過程説」の立場から見れば、W3CはDTDを作成し、htmlのルールを具体化するにあたっては、実務から帰納的に調整してゐると言へる事に注目して貰ひたい。

「実務」とか「実状」とか「現実」とか云つた用語は、「アンチW3C原理主義者」と「W3C原理主義者」との間で、意味が異る。或は、前提條件自體が異る。用語や前提條件が異る場合、論者の間に正常なコミュニケーションは行はれず、互ひの批判は互ひに不當なものとしかならない。

話を戻す。OGGI氏は以下のやうに言つてゐる。

にもかかわらず、そうした過去の誤った記述がそのままになっていたというのは、あれらの文章が、その時点時点における考えなどを記した備忘録のようなものに過ぎず、書いた時期が違うのだから考えが変わるのも当然だし、過去の考えの記録として残しておくのもよいだろうという認識が私の中にあったからです。

さう云ふ認識があつたのなら、なぜそれを押通さないのか。私に噛付かれた時、いきなり文書をサイトから削除したのはなぜか。リソースを削除せず、最初に言ひ譯・釋明をすれば良かつたのではないか。なぜ善人を氣取らうとするのか。ウェブで發言するのならば、相應の面の皮の厚さが必要ではないか。

おわりに

とりあえず、これが今回の件にかかる様々な誤解に関する説明となります。

實はこの文章が一番氣に入らない。私(野嵜)が様々な誤解をしたとOGGI氏は暗に言つてゐるからである。私は誤解などしてゐない。誤解してゐるのはOGGI氏自身である。だから私はこの文章が氣に入らない。OGGI氏は文章中に謝罪に似た文言を澤山散りばめてゐるが、全體として謝罪する氣の無い事を表明してゐる。全く以て困つたものだと思ふ。

はつきり言ふと、OGGI氏は私を愚弄してゐるのである。OGGI氏は自分が決して間違つてゐないと思込んでゐる。OGGI氏は「惡いのは誤解した人間だ」と言ひたいのである。

今まで閲覧してくださったすべての皆様に感謝するとともに、突然の閉鎖となりましたことを、心よりお詫び申し上げます。

この謝辞の背後には、かう云ふ文言が隱れてゐる、「突然閉鎖したのは野嵜等の誤解のせゐだ、私(OGGI氏)は惡くない、恨むなら野嵜等を恨め」。さうでないか。「さうではない」とOGGI氏は言ふだらう。しかし、さう言つた瞬間にOGGI氏の發言は全て嘘、と云ふ事になり、ますます私の批判の對象となるのである。

<Flame off.>


「惡い事をする意圖はなかつたが、惡い事をしてしまつた」と言ふのは反省だが、「惡い事をしてしまつたが、惡い事をする意圖はなかつた」と言ふのは開き直り以外の何物でもない。「私が惡うございました」と「惡かつたと言つてゐるだらう?」とは全く意味が異る。「私が間違つてゐました」と「あなたの誤解です」とでは、責任の所在が正反對になつてしまふ。

OGGI氏には「默つてゐて呉れれば良い」とでも忠告しておかう。森喜郎總理と一緒で、下手な事は言はぬがよろしい。

2000.12.6

iMacGirl

2000.12.6

うすら馬鹿が増殖しつつある現在、「南京虐殺」なんて根も葉もない事を信ずる人間や、正字正かなを何も考へずに拒絶する人間がうようよしてゐるのも自然な事なのかも知れない。「自然な事」と云ふのは嫌なものだ。

2000.12.5

OS/2マスコットキャラクタMerlinちやん登場。

BigBlue ま〜りんちゃん(仮称)準備ページ@SNSF's HomePage

しかしまあ、凄いメールアドレス。

2000.12.5

これ以上ないと云ふくらゐ「言葉 言葉 言葉」にふさはしい閉鎖メッセージがあるのだが、當分「言葉 言葉 言葉」を閉鎖する積りはないので一部の人は悔しがつて下さい。

2000.12.5

本日の收穫@BOOK OFF。

『新聞のすべて』はプレゼント用。さう云ふ譯で、欲しい人は野嵜宛にメールを送つて下さい。

なほ、福田さんの『坐り心地の惡い椅子』『現代の惡魔』『常識に還れ』『平和の理念』、松原先生の『戰爭はなくならない』各1册、希望者に提供します。

2000.12.4

とある「ホームページ」制作入門の著者は、以下のやうに主張して、html 3.2しか教へない。曰く……

html 4.0はのち4.01となり、現在はxhtmlへと移行中である。html 3.2は規格として固まつてゐるが、html 4.0は規格自體が流動的である。自分は固定された規格であるhtml 3.2しか教へない。

……何か根本的に間違つてゐるやうな氣がする。

2000.12.4

「プライヴァシーの權利」を完全に保護された人間は、常に他人のプライヴァシーを暴かうとする。ならば、そんな權利は認めない方が良いのである。

2000.12.4

「支配被支配の關係は絶對認められない」と言ふ自稱「民主主義者」「自由主義者」がゐる。「支配者だつて、いつも自由ではないのだぞ」と云ふ指摘に、彼等は「支配者なのだから仕方がない」と答る。然るに、「被支配者は自由ではない」と云ふ事實を彼等は嚴しく攻撃する。「支配者なのだから自由が無いのは仕方がない」が通用して、「被支配者なのだから自由が無いのは仕方がない」が通用しないのはどう云ふ譯なのだらう。そこには、支配被支配の關係以外の價値觀が入り込んでゐるのである。

2000.12.4

うちもどこかのサーヴァを借りようかな。@HomeNetでやる内容ではないやうな氣がするから。

移るとしたら、やつぱりFASネットですかね。CSSコミュニティの人に人氣のFASネット。そのうちCSS關係者のサイトは皆*.vis.ne.jpになつたりして。で、落ちは「共倒れ」ですか。

2000.12.4

年末恒例BIGBOX福引の抽選補助券が手許に4枚あります。6枚合せると、1囘福引が出來ます。高田馬場近邊の人で、4枚で良いから補助券が欲しいと云ふ人は、早いうちに聯絡を下さい。

2000.12.4

所用で早稻田へ。

あれれ、いつの間にか古本屋の袋を抱へてゐるよ。

中身一覽。

と云ふか、家に歸り着くまでに、何を買つたのか全部忘れてしまふのは餘りよろしくないと思ひます。

2000.12.4

國語問題協議會がサイト開設。

極めてユーザビリティの低いサイトの作りが泣ける。美しい日本語のために、美しいhtmlを書いて下さい。(懇願)

2000.12.4

2000-12-03-09-Mtrunkも駄目です。泣き笑ひ。

2000.12.4

センター試驗に就いて。

センター試驗の問題を眞面目に解いてはいけません。「解き方」があるので、テクニックをマスターすれば、そこそこ點を取れます。

基本的なテクニック。

正しい撰擇肢の選び方。

たまにろくでもない問題が出ますので、選擇問題は良く見極めませう。

2000.12.3

「アメリカ大統領選の投票用紙問題」に就いて。『毎日新聞』の一面に寫眞が掲載された事がある、との情報をいただきました。どうもです。

「東京本社版 11月9日付 夕刊」ださうであります。しかし、毎日新聞の夕刊では、やはり餘り見られてゐないやうな氣がしますね。

2000.12.3

12月に入つてはじめてwin32版のnightly buildが出てをります。

この版は極めてバギーです。textareaやボタンの表示が見事に壞れます(どうやらform關係に手が着けられた樣子)。私はすぐに削除しました(前の版に戻しました)。次の版待ちだと思ひます。

Windowsユーザは2000年12月02日21時版を使つては駄目です。取敢へず今のところは(恐らく今夜いつぱいか)2000年11月30日06時版(Build ID: 2000113004)を使つて下さい。こちらはそれなりに安定動作します(但し、一部のFlashを使つてゐるサイトでクラッシュするみたいです)。

ちなみに、少し前、かなりまともに動く版があつたと記憶しますが、どれだか失念。

2000.12.3

黄色くなつた古い新聞の切拔きやら何やらをスキャナで取込みはじめたが、遂に終らず。

2000.12.2

野嵜認定の「裏流行語大賞」。

何にしろ、流行語とは嫌なものである。

2000.12.2

「男子厨房に入るべからず」と云ふ諺を、思はず變な意味で解釋しさうになつて鬱に。

2000.12.2

日本共産黨が自衞隊を「容認」する方向で動いてゐるらしい。依然、「自衞隊は違憲」と云ふ建前はとるらしいが、殘念である。これで日本の主な政黨は全て、自衞隊を認める事になる。

私は自衞隊が違憲であると思つてゐる。その點、日本共産黨と同じである。ただ、共産黨が「自衞隊は違憲だから無くさなければならない」と主張するのに對し、私は「自衞隊を違憲としてゐるから、現行憲法は無くさなければならない」と主張する。自衞隊と現行憲法と、どつちが全うかと云へば、自衞隊に決つてゐる。或は、軍隊を軍隊として遇さない日本国憲法を「世界に冠たる憲法」だと信じてゐる日本人は馬鹿である。

2000.12.2

IE5.01で、「言葉 言葉 言葉」のアンカーの下線が消えてゐる事に氣附く。

僞春菜がネットワーク經由で正常に起動する事に氣附く。


と云ふか、實は「下線」ではなかつたりするのですが。

2000.12.2

ここ數日、http://ftp.mozilla.org/pub/mozilla/nightly/に、M19やらMOEMやらMTestやらと云つた譯のわからないディレクトリがぞろぞろと出現。

2000.12.2

掲示板にて。

ジョークです。

2000.12.2

Club FPEが更新されてゐる。

ちなみに私は携帯・PHSの類を持たない教の信者になりたいが、お金がないので保留中。

2000.12.2

多摩市が「障害者」を「障がい者」と表記する事に。

讀賣新聞はよりによつて石堂淑郎氏にインタヴュー。石堂さん、當然のやうに、お役所的な、姑息な手法言葉の表面だけを改めても根本的な問題解決には役に立たない。「がい」とはどう云ふ意味かと聞かれると「害」と説明するしかない。何でも易しく書き改める今の風潮は、言葉自體の命を奪ふ恐れがあると囘答。讀賣新聞平成12年12月1日附朝刊

ちなみに「障害」は、正しくは「障碍」と書く。「障碍」の「碍」は「碍子」の「碍」と同じ。は「さまたげる」「へだてる」「ささへる」の意。もつとも、「障碍者」自體が「片端」の言換へなので、話は實にややこしい。片端→障碍者→障害者→障がい者……何囘言換へれば氣が濟むのですかねえ。勿論、永遠に濟まないのです。

2000.12.2

流行語大賞は「IT革命」と「おっはー」。

げんなり。

2000.12.1

あの場面で間違へてはいかんでせう。誰かの誤りを指摘する時には、自分が間違ひをやらかさないやう、細心の注意を拂はねばなりません。逆に、自分が間違ひをやらかせないやう追込む爲にも、他人を批評する事は重要なのであります。

と云ふ譯で、Hello! World!!!Hello World!!! の訂正もしておいて下さい。なほ、今後はq要素に、意地になつてcite屬性を指定しますので、htmlソースも見て下さい。


縱令間違ひをやらかしてゐたとしても、他人が氣附く前にそつと訂正して知らん顏するのは定石と言へます。誤りを他人に指摘された時に、平氣な顏で訂正できるくらゐ厚かましくなるのも、ウェブでは必要な事であります。

トンデモhtml入門を斬る」なんか、36箇所(@1文書)くらゐ論理上の誤りや勘違ひを含んでゐたので、半年の間に隨分密かに直しました。何で誰も指摘しないのだらうと云ふ露骨な間違ひも多數發見したものです。我ながら唖然とすると同時に、讀者も不注意だなと責任轉嫁。

と云ふか、人は自分に關係した事柄でないと注意を拂はないものであり、興味のない事に關しては幾ら間違ひがあつても氣にしないものであります。「トンデモhtml入門を斬る」も、單に人氣がなくて讀まれてゐなかつたものと推測。自分でも興味をなくしてゐるので、PC Tipsのindexで目立たないやうに記述を修正。

2000.12.1

himuraさんがユーザスタイルシートを公開なさつてゐる。

misc.

2000.12.1

e言葉でLinux版WXGが公開された(無償)。

Linuxで正字正かなを使ふ人はどうぞ。

2000.12.1

最近、「幸」と云ふ字と「辛」と云ふ字の區別がつかなくて困る。

2000.12.1

kotobaseekのデフォルト檢索キーワードを何にしようかと迷ふ。

「爆骨少女」を試してみたら、いきなりxhtml 1.0のサイトにぶち當り、仰天する。と云ふか、何を試してゐるんですか>自分。

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