初出
野嵜健秀 (nozakitakehide) は Twitter を利用しています」2010年06月22日(火)
公開
2011-10-13

キリスト教について(ガイド)


別に日本人はキリスト教なんて信じる必要がないのですが、キリスト教社會の價値觀を持つた人々と附合はざるを得ない現状、キリスト教については知識として持つて置く必要があります。カトリック、プロテスタント、正教の事は、ざつと眺めて知つておきませう。

カトリック

日本人にはあまり人氣がありませんが、カトリックは西歐のキリスト教の基本なので、きちんと押へておく必要があります。

プロテスタントや英國國教會はカトリックから派生したもので、カトリックの事をよく知らないと正當に理解できません。

また、プロテスタントの出現と攻勢に反應して、カトリックの行つた反省と反撃は、反近代の思想の一種の典型で、明治以來近代との對決が續いてゐる日本人にとつても參考になるものです。

プロテスタント

プロテスタントは、近代ヨーロッパの成立の過程で、カトリックに反對して出現した「新興宗教」であり、近代を推進した立場です。「新興宗教」であるがゆゑに、硬直的な態度が屡々見られ、また、急進化と共に宗教性が拔けて現代思想に變化します。

日本人には人氣があるのですが、カルト的な面が結構あり、それゆゑ「わかりやすい」ものである事には注意が必要です。

ドイツ文學を讀む際には、プロテスタントの知識が大分必要になります。

正教

正教は古代の傳統に留まつてゐるので、カトリックよりも柔軟性・ダイナミックさに缺けます。正教は神秘思想に非道く接近してをり、形式を重視する傾向があります。

カトリックほどの一般性はありません。正教には非常に魅力がありますが、キリスト教の知識を得る目的では、カトリックの事をよく勉強した方が良いと思ひます。

ロシア文學をやるなら正教は知つておいて損はありません。けれども、英文學や佛文學をやるのなら、カトリックの方が重要です。確かにドストエフスキーの思想の根柢には正教があります。けれども、正教の深い知識が無くとも、キリスト教の一般的な知識があれば、ドストエフスキーの文學の問題は考へる事が出來ます。

マルクス主義は「宗教を否定したから宗教とは無關係! 何の接點もない!」と言つた人がゐたのだけれども、あのロシア正教の國が行きなり無宗教の國に變化するわけがないし、意地になつて否定したからには實は強く意識してゐたのであらう事は、心理學的に考へる迄もなく、普通に想像出來る筈。

英國國教會

英文學では英國國教會の成立の歴史を知つておかないといろいろ困ります。勿論、イギリスでは、カトリック・プロテスタントの各派の存在も重要です。多くの立場が存立・抗爭する中で、政治が宗教から分離・獨立し、自立して、近代的な民主主義社會へと發展して行きます。さうした歴史の流れの中で、宗教の側の人々も、苦悩や苦しみを味はふ事になります。

T.S.エリオットの戲曲「寺院の殺人」やロバート・ボルトの戲曲「我が命盡るとも」は、英國におけるキリスト教の歴史を知つてゐる人には興味深く讀める事でせう。自立しつつある「政治」と對決し、その力の前に敗れ去つて行く、聖職者の姿を見る事が出來ます。

參考になる本

キリスト教における基本文獻は、言ふまでもなく聖書です。しかし、聖書を讀んでもさうさう理解なんて出來たものではないので、良い參考書を選ぶ必要があります。

文庫クセジュにカトリック、プロテスタント、正教、それぞれの解説書が收録されてゐます。へんな偏りは少く、キリスト教を概観するには便利で、おすすめ出來ます。

創元選書の関根正雄 『旧約聖書』、波多野精一『基督教の起源』(「現代語訳」が出てゐます)等、日本人によるキリスト教の研究もあります。注目すべきは無教會主義の内村鑑三です。日本の文化との關りを非常に強く意識して、キリスト教の移入に努めた内村の著作は、現代的な意義を依然持ち、多くの問題に觸れてゐて、今でも刺戟的です。

聖アウグスティヌスの著作はよく讀むと參考になります。キリスト教の基本文獻と云ふだけでなく、現代の人間が自分の立場を反省するのに案外役に立ちます。

T.S.エリオットの「キリスト教社會の理念」と、D.H.ロレンスの「默示録論」は、見ておいて良いと思ひます。

ベルジャーエフやガブリエル・マルセルも重要です。宗教的な文學者としてグレアム・グリーン。マルセルに非難されてゐますがジイドも參考になるでせう。

パスカルも大變重要な思想家ですが、現在横行してゐる「一般的な解説」は餘り參考にならない氣がします。『パンセ』についても、大學の授業なんかで觸れるところは、どちらかと言ふと詰らない部分が多いです。『プロヴァンシアル』は、じつくり讀むと大變面白い。

一方、ジェスイットへの非難については、ロゲンドルフが必ずしも妥當なものではないと指摘してゐます。ヨゼフ・ロゲンドルフは、上智大學の先生で、解り易く、優れた内容の文章を澤山書きました。探してみると良いでせう。

C.S.ルイスの『キリスト教の核心』『悪魔の手紙』は、キリスト教の正統の入門書と、「裏口」からの導入を圖つた本で、巧みに書かれてゐて、日本人がキリスト教を理解するのに大變有益です。

現代のヨーロッパで、カトリックの意義を改めて主張した歴史家がクリストファ・ドーソンです。中世史の分野では、カトリックの信仰を重視した歴史家が少くなく、ドーソンも中世史が專門です。そして中世の樣々な要素が現代に繋がつてゐる事が、さう云つた人々によつて主張され、現在は多くが定説と看做されるやうになつてゐます。

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