公開
2002-12-11

「反米」なる危險思想

私がこんな事を書くのもどうかと思ふのですが。

1

日本は食糧にしても原油にしても、多くを輸入に頼つてゐます。その輸入の際に、日本が一番世話になつてゐるのはアメリカです。日本の商船が航行する際に攻撃されないのは、アメリカが制海權を握つてゐるからです。或は、日本がアメリカの同盟國だからです。

アメリカを敵にまはすと、日本はアメリカの庇護を全く受けられなくなります。現在の日本の繁榮は、アメリカが護つて呉れてゐるから實現されてゐるものです。日本の高度經濟成長も、日本だけで實現出來たものではありません。アメリカに負擔をかけて實現出來たものです。

さう云ふ事を考へると、日本はアメリカに絶對に頭が上がらないのでして、にもかかはらず日本人はアメリカに楯突き續けてきました。左翼の反米鬪爭は、大變に危險な火遊びだつたと私は思つてをります。アメリカは、何度もその反米鬪爭に腹を立ててゐます。

一方で、日本の保守政權はずつと親米の態度を取つて來ました。ですからアメリカは、日本の保守派を信用し、左翼の反米活動に目を瞑つて來ました。それが今、保守派が反米運動を展開するやうになつたのであります。

アメリカにしてみれば、信用してゐた日本の保守派から裏切られたやうに思ふでせう。そればかりではない、アメリカ人は、やつぱり日本人は信用出來ない連中だ、と思ふやうになるでせう。それが一番恐い事です。

小林よしのり氏らは、良く言へば、少しは日本の立場も積極的にアピールすべきだ、と主張してゐます。しかし、日本人にしてみれば「當然」のアピールも、アメリカはさう見ません。アメリカ人にしてみれば、日本人が思ひ上がつてゐるとしか見えないのであります。

それが理不盡であると日本人が言つたところで、感情論に理不盡も糞もありません。そして、アメリカにはさう云ふ理不盡な事を言ひ、勝手な態度を取るだけの實力があります。アメリカは大國です。逆に、日本は小國です。

私は、筋は出來るだけ通すべきだとは思ひます。しかし、弱肉強食の國際社會で、筋、筋とばかり言つてゐては生き殘れません。小林氏の主張の筋が通つてゐたとしても(さうは全然思ひませんが)、無理が通れば道理の引つ込む國際社會で、日本が筋を通す事は出來ません。それだけの實力がないのですから。


私にも高坂さんの意見を取違へてゐたりする處があるのですが、高坂さんも私の意見を誤解していらつしやるやうです。

今の日本國は、アメリカ等の諸外國から、金は出すが血は流さない國として、完全に輕蔑されてゐます。例によつて日本は、日本國憲法を理由に、今後生ずるであらうアメリカの對イラク戰爭に自衞隊を派遣しないでせう。當然、アメリカもその他の國もその程度の事は豫想濟みで、日本から金だけ搾り取ります。そして、日本は、金だけ取られて、全く感謝される事がありません。

日本がイラク攻撃に自衞隊を出しても、別に尊敬されることはないと思ひます。

かうおつしやる高坂さんは、「誰から尊敬されるのか」と云ふ點で、恐らく、アメリカ以外の國を想定してゐるのだと思ひます。しかし、私はアメリカ以外の國の事を考へてゐません。私は、飽くまで日本がアメリカからどう思はれるのか、を主眼に、論じてゐます。なぜなら、アメリカ以外の國からどう考へられるかよりも、アメリカからどう考へられてゐるか――もつと露骨に言へば、アメリカから見捨てられない事だけが、日本にとつては重大事だからです。

イラクを敵にまはして、アラブ諸國や反米感情を抱く諸國から日本が敵視される事は、考へられると言へば考へられる事態です。しかし、考へるに足りない事態である、と言つても良いでせう。それらの諸國が日本にテロを仕掛けて、日本人が危險に晒される事を、豫測する事も可能でせう。

しかし、アメリカを敵にまはせば、日本は事實上の「經濟封鎖」をされる事になります。またぞろABCD包圍網ではありませんが、アメリカ軍による庇護がなくなるのですから、日本の商船は航海するのも危險となりますし、そもそも日本の信用がなくなります。さうなれば、商業國家・日本の存亡の危機です。言ひかへれば、日本は、自分で自分の首を絞める事になります。

既にアメリカは、日本を信用しないやうになつてゐます。中曽根・レーガンのロン・ヤスの關係の頃に比べて(その頃だつて危ないものでしたが)、現在の日米關係は遙かに危險なものとなつてゐます。

イギリスは、以前からアメリカの第一の支持者である事を表明し、アメリカを敵にまはさないやう、愼重な態度をとつてゐます。ロシアは、プーチン大統領が事ある毎にアメリカ支持を表明してゐます(プーチン氏を後繼者に選んだ事は、エリツィン氏が馬鹿でも無能でもなかった證據です)高坂さんは、さう云ふアメリカへの追從はよせ、と主張していらつしやいます。私は逆に、さう云ふ追從こそが必要である、と主張します。

中曽根元總理がレーガン元總理から信頼されるやうになつたのは、例の「不沈空母」構想を口にしたからです。中曽根氏は、アメリカから信頼された、と云ふ點に限つては、高く評價されて良いでせう。しかし、中曽根氏以後、自民黨は政權の座から滑り落ち、アメリカは日本の誰と附合つて良いのかわからなくなりました。55年體制崩潰以來の政局の混亂は、日米關係に翳を落としてゐます。

2

繰返しますが、日本はアメリカの庇護を受けてゐなければやつて行けません。アメリカを敵にまはせば、確實に滅亡します。それは一度、「實驗」をして、確認濟みなのではないですか。日本人はアメリカ人と戰爭をしました。日本人は「鬼畜米英」等のスローガンを、敗戰と同時に忘れました。しかし、アメリカ人は、日本人に對する恨みを忘れてゐません。

戰後、日本はアメリカと同盟を結びました。さうしないと、日本は生延びられなかつたからです。保守政權は、アメリカとの關係を維持する爲、努力しました。しかし、野黨側は、反米鬪爭を繰返しました。アメリカ人は、日本人を端から信用してゐませんでしたが、日本人の態度はアメリカ人の不信を確實なものするばかりでした。野黨の反米勢力は、アメリカの恐さを知らず、アメリカも一々反應しませんでしたから、日本國内で好き勝手をやつてゐました。それはただ、アメリカの對日不信を増大させる結果となりました。

いま、保守派から『反米といふ作法』なる主張が出るやうになりました。アメリカ人は、左も右も日本人は信用出來ない、と云ふ確信を深めるでせう。そんな事はない、と「反米といふ作法」なる事を主張する人々は言ふかも知れません。しかし、どうしてそんなに彼らは樂觀的になれるのでせうか。

參戰しないことのみを以てイラク寄りであると見做し、さらには「日本は獨裁主義を支援する反自由主義の國」であるとする論理は甚だをかしいのですが、アメリカは確かにさういふ難癖を附けてくるでせう。

論理がをかしいかどうかは關係ないのです。國際社會では、論理よりも力が物を言ふのです。アメリカには、慥に無理を言ふだけの實力があります。そして、さう云ふ「をかしな論理」を、口で批判して何うかうしようとしたのが、かつての野黨・左派であつた事は指摘するまでもないでせう。

「話し合ひをしても駄目な場合があるから、國際政治で平和主義は萬能ではない。だから、國と國との問題を解決する爲には軍隊も必要である」と、さう主張するのが保守派・右派であつた筈です。その保守派が、なぜかアメリカ相手には説得と云ふ手段が有效であるかのやうに言ふ。をかしな話です。

アメリカが難癖をつけてきて、それに屈しなければ危ないとしたら、日本のとるべき態度は一つではないですか。筋を通すのは結構な事ですが、生命が無くなつたら、筋を通すも通さないもないのではないですか。

參考

昔、ごま書房から『アメリカをなめてはいけない』と云ふ本が出てゐました(久世篤著)。日米關係を分析した本ですが、經濟の側面から入つて、防衞問題まで踏込んで論じてゐる良書でした。今でもBOOK OFF邊で見附けられると思ひます。

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