初出
「闇黒日記」平成二十二年三月二日
公開
2010-06-23

右翼・左翼・政治主義

一昔前「自虐史觀」と云ふ言葉が流行つて、「右翼」が「左翼」を罵るのに愛用した(とされる)けれども、同時に「左翼」は「右翼」に言返すのに「自尊史觀」と云ふ言ひ方をして、實際、その方が「實態」に良く合つてゐるから「左翼」は大變滿足した。逆に「右翼」は、言つても「左翼」が凹まないものだから、最近は「自虐」と言はなくなつた。

現在は「右翼」「左翼」の對立は、「右翼」「左翼」の定義が崩潰して、無意味になつてゐる。實際、「天皇陛下萬歳を叫んでゐる右翼」なんて殆ど存在しないし「マルクス萬歳を叫んでゐる左翼」も殆ど存在しない。自分は右翼である・左翼であると言つてゐる人も、「アンチ左翼だから右翼」或は「アンチ右翼だから左翼」と思つてゐるに過ぎない。ただ、言へる事は、どつちも、自分逹を高みに置いて、他人を見下して、非難を浴びせる・嘲笑を浴びせる、と云ふのを、當り前のやうにやつてゐる、と云ふ點で、「同じ穴の狢」であつたりする。「左翼」が好き放題に「日本軍の過去の所業」を非難するのも、「俺は昔の日本軍とは無關係の存在である」と心から思つてゐるからで、「我が日本軍」を虐げてゐる積りは全く無い。「左翼」は「自尊」の考へ方で何でも物を言つてゐるのであり、そこで「自虐」ととんちんかんな非難をされたから安心してますます「右翼」を見下すやうになつた。

「アンチ左翼としての右翼」「アンチ右翼としての左翼」の兩方に共通するのは、どちらも政治主義者だと云ふ事で、兔に角政治の話をするのが好きで好きでしやうがないマニアだと云ふ事。マニアだから政治の話しかしないし、自分の好きな政治の事を少しでも否定されるとかんかんになつて怒る。「政治主義者」と云ふただそれだけの批判――と言ふより事實の指摘――であつても、そんな事を言ふ奴は人間ではないみたいな事を言つて、批判者を攻撃し出す。これは、「右翼」も「左翼」も變らない。逆に言へば、政治の話を出來るなら、「右翼」と「左翼」は手を結ぶ事が出來るので、實は彼等の「右」「左」の立場の違ひは相對的なものでしかないと云ふ事が判る。

「自分を高みに置いて、自分と違ふ人間を見下す」と云ふのが「右翼」「左翼」の人々の常で、だから彼等は自分逹と異質な人間を排除しようとするのだが、それは即座に差別的な發想に繋がる。「右翼」も「左翼」も關係ない、皆政治主義者だと指摘したが、「反米」の思想は最う右も左もないのであつて、政治主義者の間では當り前のやうに「親米か、反米か」の議題設定が行はれ、右も左も關係なく場當り的に自己の立場が設定されて、あゝだ斯うだと果てしのない議論が展開される事になる。が、その時、「反米=アンチ・アメリカ」の立場の人は常にアメリカ人を見下したやうな物の言ひ方をし、差別的な態度を取る。一方、「中國」や韓國、或は臺灣に對する態度でも、「アンチ」の立場を取る人々は多いのであつて、さうした人々が議論に於て差別的な言ひ方をして外國人を嘲るのは屡々見かける光景である。何れにしても、差別的な考へ方が政治主義者の人々の間には滲透してゐるのであつて、これこそ私には深刻な問題だと思はれるのだが、彼等は遊びで政治を論じてゐるから深刻に考へない。「右翼」の「タカ派」(この邊をごつちやにしてしまふ邊が今の日本人の價値觀が出たら目な證據)が差別に無頓着なのは論ずるまでも無い事だが、「左翼」の人々も平然と差別を行ひ、自分の氣に入らない人間を貶めては快を貪つてゐる。

私は政治主義を全く信じないが、茲十年許り、ウェブで政治主義者の人々の言動を見て來て、つくづく「政治主義者は本當に嫌だなあ」と思ふやうになつた。政治それ自體は大變重要なものだが、度を越して「それだけが重要」だと思つては行けない。八百屋が「野菜を扱ふ商賣だけが重要だ」等と思ひ込んで魚屋を馬鹿にしたら笑ひ話だが、政治家でもない、素人の、「たかが政治マニア」が「政治だけが重要」と思ひ込んで威張つて政治の話をしてゐるのだから何うしやうもない。私は、素人には素人なりの役割と言ふものがあつて、八百屋さんにも魚屋さんにも、或は政治家さんにも、それなりの敬意を表しつゝ、感想を述べる自由があると信じてゐるが、八百屋や魚屋は下らない、政治家だけが立派である、等と――しかし政治マニアの人々が恐ろしいのは、素人なのに平氣でプロの政治家を嘲る事。もちろん政治家を素人が批判する事は許されるが、それにはそれなりの用意が必要だ。それをすつ飛ばして、安易に嘲笑するのだから、素人は怖いもの知らずだが、さうした安易な發言が出來てしまふのも、彼等素人が「教育」を受けたからに外ならない。皮相な教育が彼等政治主義者をつけ上がらせたものである。跳ね返りの御調子者を演ずるのなら結構だが、演じてゐる意識もない、素の御調子者が、政治主義者には非常に多い。

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