初出
「闇黒日記」平成13年2月19日
公開
2001-06-21
改訂
2012-04-23

「大東亞戰爭」と言つた野呂田さん

野呂田芳成・衆院豫算委員長が講演で「太平洋戦争」を正しく「大東亞戰爭」と呼び、結果としてアジアの獨立を促した場合もあつたものの總體として政策的には大失敗であつたと評價した處、民主、自由、共産、社民の野黨はこれを非難する事にしたさうである。

野黨はあの戰爭が大成功だつたとは全く思つてゐない筈であり、それでは野呂田氏の發言の何を問題にしてゐるのかと言へば「大東亞戰爭」と云ふ用語なのである。これを「言葉狩り」と呼ばずして、何を「言葉狩り」と呼べば良いのか。内容を見ず、上つ面の言葉を見て騷ぐ野黨には、あきれたものである。

批判勢力

民主黨の菅氏は、このやうな歴史觀を持つ事は許されない、と云ふやうな事を言つたさうである。

菅氏に尋ねたいが、ならばどのやうな歴史觀を持つ事ならば許されるのか、そして爲政者が或特定の歴史觀しか持つてはならないと云ふ事が民主主義の國で許されると考へる根據は何か。そもそも、菅氏はいかなる歴史觀を持つてゐるのか、菅氏が自分の抱いてゐる歴史觀は絶對に正しいと斷言出來る根據は何か。

そしてその歴史觀は野呂田氏のそれと異るものなのか。ならば菅氏はあの戰爭が「大成功」だつたとでも言ひたいのか。所詮菅氏は野呂田氏の揚げ足を取つたに過ぎないのではないか。

謝罪して濟ませれば良い話か

野黨が愚かなのは言ふまでもないが、下らない揚げ足取りに浮き足立つ與黨もだらしがない。

野呂田氏は恐らく、苦しい言ひ譯しかしないであらう。そして、私のしたやうな反論を全くしないであらう。反論をすれば、菅氏はまともな反論は出來まい。にもかかはらず、野呂田氏は反論をしない。

と言ふのは、もし假に反論しても、菅氏は居丈高に「默れ」と言ふからである。そして、さう云ふ「反論にもならない反論」が日本國では通用するのである。野呂田氏が反論しないのは、端から諦めてゐるからだと思ふ。しかし、反論しても甲斐ない事だからしない、と云ふのは、腑拔けの發想だと思ふ。

何事も「言ひ譯した時點で負け」である。はじめから「守り」に入ってどうするのだ。攻撃は最大の防御である。なぜ與黨は野黨の誤りを追求しない?

マスコミの偏向

保守派寄りの讀賣新聞までもが野呂田氏の發言を咎めるかのやうな記事の書き方をしたのにはがつかりした。

讀賣の本質は左翼である。

inserted by FC2 system