公開
2002-12-31

侵略の歴史 ――国際共産主義の100年――

1917年にロシア革命によりソ連という共産国家が建国されて以来、その乱暴なやり方も、自らを正当化する弁明と強弁も、全く変っていない。相手が強い者であるときは力の行使を"弱者の論理"で拘束し、相手が弱い場合にはためらうことなく力を揮い、自身を正当だと論ずる。

解説

ソヴィエト聯邦が崩潰して、日本では、「最早共産主義は古い」「共産主義は過去のものとなつた」と云ふ認識・理解が廣まつてゐる。

しかし、イデオロギーとしてのマルクシズム・共産主義は「過去のもの」となつたかも知れないが、共産主義の戰術や、共産主義の據つて來たるところのものであるマキャベリズムは依然、生き續けてゐる。そして、問題は、さう云ふ戰術、さう云ふマキャベリズムが、日本では「良いもの」と依然、信じられてゐる事である。

多くの日本人は、今も「共産主義は良いものであつた」と考へてゐる。「ただ手段が間違つてゐただけだ」と言ふのである。共産主義の掲げる理想――「階級のない社會」――は、實現されるべきである、と、日本人は今もつて信じてゐる。「階級のない社會」を實現する手段としての「ソヴィエト」なるものが「古い」と、日本人は考へるだけである。

だが、平等主義を標榜する共産主義と云ふ思想の根柢にあるものは、D.H.ロレンスの言つたやうに「復讐」の觀念である。自分より偉い奴のゐる事には耐へられない、と云ふ、嫉妬が平等主義を支へてゐる。故に、平等主義は暴力主義や「手段を選ばない殘酷性」と不可分のものなのであるが、それを共産主義は全面的に肯定してゐる。そして、その共産主義を「古い」と極附ける日本人も、「目的は手段を聖化する」と云ふ共産主義のスローガンを全く反省する事が無い。

本書、『侵略の歴史 ――国際共産主義の100年――』は、さう云ふ共産主義の非情な政治主義を、事實を基に描き出し、共産主義の根柢に潛む本質的な危險性を指摘した名著である。共産主義の問題點ではなく、共産主義の根柢に潛む、今の日本人が意識せずして陷つてゐる「復讐史觀」の問題點を、指摘した名著である。

共産主義が古びた今、却つて共産主義を――と言ふよりは、共産主義の持つてゐた理想と表裏一體の危險思想を、心理的に肯定する心情が、日本人の間に廣がつてゐる。共産主義と云ふ20世紀最大の負の遺産を、我々は冷靜に見直し、その本質的な問題點をはつきり認識すべきである。さもないと、我々は、共産主義の冒した過ちを、別の名前のイデオロギーに基いて繰返し兼ねない。

理想の名の下に暴力を揮ふ日本人は、今でも生殘つてゐる。彼らの「論理」の身勝手なる事は共産主義者の身勝手なる事と同じであるし、いざとなると「現實主義」を持出して相手を一蹴しようとするのは共産主義の戰術と本質的に同じである。

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