初出
「闇黒日記」平成14年8月24日
公開
2002-09-15
最終改定
2004-01-02

『受難の花』

串田孫一先生が『受難の花』所收の「僕の天使」なる短文で或意味凄い事を書いてゐるので、紹介しておきます。

僕は秋になると小学校の運動会を見るのがすきだが、今は学芸会だ。運動会のように、ずかずか入って行くわけにはいかないけれど、鈴木か田中か伊藤ぐらいの父兄の親類になればいいのだ。

(中略)けれども僕は、五、六年の女の子が踊っているのを見ると涙が出てくる。和服を着ると、大人ではないが、もう子供でもない。体をしならせる方の踊でも、脚をにょきにょき出す方のでも、それはどっちでも同じなのだが、一体僕は何を考えて涙ぐむのだろうか。僕にもしも女の子がいたら、めちゃくちゃにかわいがって、駄目にしてしまいそうな気がするけれど、だれに遠慮をすることもなく、このくらいの歳のお嬢さんを膝の上にのせてみたい。それは現在、どう考えても望みにくいことなので、それで僕には天使のように見える。

優しいことなんか言ってくれなくともよい。髮がほこり臭いような、こげ臭いようなにおいがしてもかまわない。ともかく今この膝の上にいたら、僕は自分でも想像しにくいほどにこにこしてしまいそうなのだが。

この項には、先生自筆の女の子のイラストがあります。本書にイラストは、ほかに微塵子の描かれたものがあるだけです。

串田先生、危ないです。ちゆは串田先生を応援しています。

串田孫一氏について

千九百三十九年、東京大學卒業。

一往、世間的には哲學者とされてゐる筈だが、本人は本書所收の「哲学者」の項で、……哲学者という風に紹介された時には、それが幾たび繰りかえされても、またたび重ねれば重なるほど、いよいよ奇妙なくすぐったさ、具合の悪さを感じなければならない。と感想を述べる。平凡社の哲學事典の説明文を引き、哲學者の樣々なイメージ、單に哲學をする人、と云ふだけでなく、詐欺師的とか怠け者とか、さう言つた惡いイメージも含んだ哲學者のイメージのある事を述べ、自分が「哲學者」と呼ばれてゐる事は果して文字通りの意味で受取つて良いものなのかと考へる。

串田氏は、職業的な哲學者(?)ではなく、實存主義に屬する文學者でもあり、小説や詩、随想を書いてゐる。『羊飼の時計』と云ふ詩集を出し、本書のやうな随想集も多數出してゐる。海外でも、戯曲を書くマルセルのやうな哲學者兼文學者がゐる訣だし、そもそも「大哲學者」プラトンの著作は對話篇であつて論文ではない。

生き方としての哲學があるならば、串田氏の生き方は哲學的な生き方となるのだらうが、まあ、今の時代、餘り流行らない事だ。半生記前にはさう云ふ生き方があつたらしいとは、串田氏の隨想を讀むと感ずる事は出來る。今では、この種の哲學者が少くなつた。そして、串田氏自身、さう言ふ哲學者としてのあり方に自信は持つてゐないのである。

串田氏は、アラン著作集の編者である。中村雄二郎氏と一緒に『幸福論』を譯してゐるが、これは良い譯だ。

中村氏は、現代的な寸分隙のない體系としての哲學、術語を驅使して物事を解析する現代的な哲學についても知識を持つた人である。岩波新書に『術語集』と云ふ著作が入つてゐて、パラダイムとか何だとか、今流行の哲學用語を説明してゐるが、さう云ふ知識があるのである。一方で、感性的で非體系的な昔ながらの哲學についても理解のある人物である。多分、世間では串田氏は最う「古い人」なのであらうが、中村氏は串田氏の「古さ」を氣にしてゐない。

データ

『受難の花』
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