公開
2001-11-01
改訂
2010-11-01(外部リンクを變更)

『現代神道研究集成(9)神道と國家』

日本の近代史・現代史を批判的に研究・檢討する學術書。

本書は、「神憑り」的、感情的、煽動的な一部の右翼の主張とは一線を劃す、論理的、實證的な内容の論文のみを收録してゐる。本書を讀めば、神道の主張が決して「神憑り」的なものであるだけではない、と云ふ事を讀者は知る事が出來る。

戰後の保守思想に關する基本文獻が收められてゐるので、保守派の主張に賛成の人も、反對する人も、本書に一度目を通しておくと良い。議論の際、既に何が論じられてゐるのか、どのやうな論理が展開されてゐるのか、を豫め知つておくのは、水掛け論を避ける爲に必要な事である。


内容

天皇論

日本の國家形成の過程と皇室の恆久性に關する思想の由來
津田左右吉著
國民統合の象徴
葦津珍彦著。「思想の科学」復刊第1号(昭和37年4月)に掲載された有名な論文。各國の君主、大統領、指導者のあり方及び政體を比較し、それぞれの國の政治形態が生れた歴史的經緯を考察。何らかの必然性があつて、或國の政治形態は成立し存在してゐる筈である事を論證。天皇を中心とした日本の政治形態が成立したのも、やはり歴史的な必然性があつての事である、と主張。特定の政治思想から離れた天皇を置く事で、どのやうな政治思想が主流となつても日本人は統合を保つ事が出來る、と「天皇の效能」を述べる。
皇室と日本人
坂本太郎著。天皇は「王者であつても覇者ではなかつた」歴史的事實のある事を述べる。マルクス史觀流の「天皇と人民の鬪爭」等はなかつた、と云ふ事を指摘。
戰後、皇室祭祀の歩み
澁川謙一著。天皇の國事行爲と皇室の祭祀を區別し、後者を飽くまで「私的なもの」とする「神道指令」以後の皇室祭祀のあり方を批判。皇室祭祀は國家鎭護を祈念する公的なものであり、それを皇室の「私的」な努力に任せてゐる現状はをかしいと指摘する。
天皇論
上田賢二著。現行憲法が天皇を再定義して「象徴」なる「未知の存在」としてしまつた爲、却つて天皇と國民の統合、延いては日本國の統合が崩潰してしまひ兼ねない現状となつてゐる事を指摘。歴史的・傳統的な天皇の意義を再認識しない限り、日本人が今のままで民主主義を實現する事は困難である、と述べる。

法制

ポツダム宣言に所謂デモクラシーと憲法・國體
井上孚麿著。「大日本帝國憲法」の「改正」であるとされてゐる「日本国憲法」は、改正限界を越えた内容のものだから無效である、と主張する。
國家と國民統合の原理/日本国憲法の精神的基礎
大石義雄著。「日本国憲法」は天皇の發議によつて「大日本帝國憲法」を正式に改正した欽定憲法である、と主張する。
宗教法人法改正の前提
葦津珍彦著。「宗教法人を國家が認可するかしないか」と「宗教自由の原則」とは無關係である、宗教法人は設立の目的を變更してはならない「財團法人」的なものであるべきであるが現状は構成員による恣意的な運營が可能な「社團法人」的なものにされてしまつてゐる、と指摘。そもそも「宗教法人法」による宗教法人(教義を廣める爲の團體)の定義が、神社(教義を持たない祭祀の爲の團體)には當嵌らない事を述べる。
伊勢・熱田兩神宮の神器と宮中の神器との關係
岡田米夫著。

政教問題

我が國における國家と宗教
中山健男著。「政教分離」と云ふ原則の濫用を戒め、「日本国憲法」の宗教上の行爲宗教的活動とを峻別すべき事を説く。憲法の他の條項と比較檢討して「國及びその機關には地方公共團體が含まれる」とする一般の解釋が誤りである事を實證。
「津地鎮祭最高裁判決」批判を批判する
西田廣義著。現行の憲法で、國家が特定の宗教の教義を廣めようとする事は禁止されてゐるが、國家が傳統・習俗に基き宗教的な儀式を擧行するのは禁止されてゐない事を述べる。所謂「目的效果基準」とはどう云ふものなのかを解説してゐる。
玉串料訴訟最高裁判決の問題點と今後の政教關係
百地章著。愛媛縣玉串料裁判最高裁判決では、「目的效果基準」を原則とすると言つてゐるにもかかはらず、實質的に裁判官の偏見に基いた判斷がなされてゐる事を批判。はじめから「違憲」と云ふ結論が裁判官の頭の中にあつて、それに無理に「目的效果基準」をくつ附けたのではないか、と指摘してゐる。
キリスト者は「靖國」を語れるのか
佐伯眞光著。アメリカ・アーリントン墓地の「無名戰死の墓」やイギリス・ホワイトホールの戰沒者記念碑といつた戰沒者を慰靈する施設及び慰靈の儀式がキリスト教式である事實を述べ、にもかかはらずそれらは「無宗教」だと佯る日本のクリスチャンを批判。
靖國神社問題の一側面──いわゆる"A級戰犯"合祀問題に焦点をあてて──
大原康男著。極東軍事裁判が國際法に基いた裁判であるならば、國内法的に「A級戰犯」は犯罪者ではない、と指摘。
政教の分立と宗教の自由
葦津珍彦著。

歴史と教育

日本古典の信憑性
樋口清之著。「日本書紀」の記述は、全てが眞實である譯でも、全てが創作である譯でもない、事實を反映した象徴的なストーリーである、と云ふ「史實投影史觀」を提唱。
明治維新前後における神武天皇景仰の思想と紀元節の制定
藤井貞文著。
神話と歴史教育
田中卓著。兒童・生徒は、日本の神話を教へられなければ、日本の歴史でなぜ皇室の存在が重要であるとされたのかを理解出來なくなる、と指摘。
明治教育の苦惱と教育勅語
久保田收著。
教育勅語の廢止過程
高橋史朗著。昭和23年6月の、衆議院「教育勅語等排除に関する決議」及び参議院「教育勅語等の失効確認に関する決議」が、アメリカの「隱れた口頭指令」に基いて慌ただしく行はれたものであり、兩者に矛盾があるのはそのせゐである、と指摘。
教育をめぐる神道とキリスト教
村尾次郎著。明治32年以降の政府による「宗教教育の禁止」が、同志社等のキリスト教系の學校にとつては嚴しい足枷であつた事を述べる。戰後の「神道指令」による神道と國家の分離がキリスト教による神道への復讐であつたのではないかと云ふ疑問を筆者は呈してゐる。
國旗の成立過程と問題點
安津素彦著。「國旗國歌法」によつて國旗が定まる以前の混亂を概観出來る。

「神道指令」に關して

G.H.Qにより出された覺書「神道指令」(「國家神道、神社神道ニ對スル政府ノ保證、支援、保全、監督竝ビニ弘布ノ禁止ニ關スル件」)及び「宗教法人法」による「神道の國家からの分離」が、實は日本史上最大の宗教彈壓であつた事實を、日本人は認識してゐない。

最近は「戰後」を反省しようと云ふ風潮があるけれども、感情的な意見が極めて多いのは殘念である。「傳統を護持する使命」を戰後、一身に背負つた神道が、感情論に流れず、冷静で論理的な説得を試みてきた事に、新たな「保守派」も「右翼」も氣附いてゐない。

神道關係者の態度には、見習ふべき點が少くないと思ふ。眞面目に日本の政治や思想に就いて考へたい人には、本書の一讀をおすすめしたい。

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