制作者(webmaster)
野嵜健秀(Takehide Nozaki)
公開
2011-06-01
改訂
2011-06-22

田中美知太郎『ソクラテス』

ソクラテス
昭和32年1月17日 第1刷発行
昭和48年2月20日 第23刷発行
岩波書店・岩波新書(青版)263
『ソクラテス』表紙

目次

  1. 何をどこまで知ることができるか
  2. 生活的事実
  3. 啓蒙思想の流れに
  4. ダイモンに憑かれて
  5. デルポイ神託の謎
  6. 哲学
  7. 死まで

はしがき

……。

正直に言って、この書物は、ソクラテスのすべてを書いていると言うことはできない。まず紙数の制限が、それを許さなかったからである。わたしは読者が直接に、プラトンの『ソクラテスの弁明』『クリトン』『パイドン』『饗宴』など、いわゆるソクラテスの四福音書を読まれることをすすめたいと思う。わたしのこの書物は、プラトンのこれらの著作への前書き、あるいは補註のようなものであって、法廷におけるソクラテスや、かれの死の場面を、誰もプラトンほどに書くことはできないであろう。もしこの書物に、もう一章をつけ加えることが許されるなら、わたしはそのようなプラトン飜訳の抜萃をもって、これにあてたであろう。つまりこの書物には、そういう一章が別にあるものと考えてもらったらよいかも知れない。

……。

一 何をどこまで知ることができるか

更にまた、われわれがこれから明らかにしようとするのが、どういう性質のものであるかということについても、ある程度の注意が必要かも知れない。プラトンは『パイドン』のなかで、ソクラテスが死刑執行の日に、アテナイの牢獄にいて、それを待っているという事実を、ソクラテスの身体の構造から、骨や筋肉や関節の一定の関係によって、ソクラテスはここに坐っていて、歩いて出ては行かないのだという仕方で説明するのを、本当の説明ではないとした。なぜなら、ソクラテスが牢獄に坐って、刑の執行を待っているのは、アテナイの法廷が、ソクラテスの死刑をよしとしたからであり、またソクラテス自身、逃亡するよりも、国法に従って死ぬのがよいと考えたからであって、もしそうでなければ、この骨も筋も、どこか別のところにいたはずだからである。なるほど、足がなければ、われわれは、どこへも歩いて行くことはできないが、しかしわれわれがどこか一定のところへ行くのは、足があるからということだけによるのではなくて、もっと別の理由がなければならないのであり、それが「なぜ行くか」の、本当の理由なのであるとされている。

ソクラテスの根本思想の追求

ソクラテスは愛智の人であり、徳の人であつた。ソクラテスの所謂「徳」は、當事のギリシャでは「すぐれてゐる事」「優越してゐる事」「卓越してゐる事」を言ふ語であつたが、大工の知識がある人とは即ち大工の仕事が出來る人であり、音樂の知識がある人とは即ち音樂の仕事が出来る人・音樂家であり、醫療の知識のある人とは醫療が實踐できる人・醫者である。ならば、正義の知識のある人とは即ち正義を實踐する人である。

ソクラテスの時代のアテナイは、スパルタとの戰爭に敗れ、軍事獨裁を經て、民主主義の危機の状況にあつた。さう云ふ時代にソクラテスは、堅強な肉體を持ち、スパルタ的なストイックな生き方を實踐する一方、合理主義的な思考に基いて語り、民主主義をも否定する發想を屡示唆した。ソクラテスを死刑とした裁判は、危險思想家としてのソクラテスを粛清するものであつたと言ふのである。

ところが、ソクラテスには、合理主義の側面とともに、ダイモンの合圖や神託を尊重し、夢想に耽る側面もあつた。ただ、ソクラテスは、ダイモンの合圖も神託も、人間が解釋すべきものと看做してゐたのであり、さうした占者としての自身の使命を意識してゐた。それはソクラテスをして「餘計な御節介」としての「無智の指摘」に走らせた。裁判の際に、ソクラテスは最早ダイモンの合圖を聞かず、判決後にはその事實をも改めて檢討せざるを得なくなつた。

さうしたソクラテスを、アテナイの民主主義は、危險と看做し、不寛容にも死刑とした。が、その票決は僅差であつた。ソクラテスは死刑賛成と反對の票の差が少なかつた事を意外としてゐる(民主主義は、僅でも過半數を越える支持があれば、不正をなし得る)。民主主義は不正にもソクラテスを罪とした。が、正義の人・ソクラテスは、正當な理由で自身が死刑になる事を恐れてゐたのであり、據つて不正に死刑にされる事を寧ろ良しとした。ソクラテスは、民主主義に唯々として從つたが、さうした態度それ自體が民主主義に對する批判であつた(民主主義的態度を身につけながら、ソクラテスは民主主義を超越してゐたと言へる)。

そもそもソクラテスは、政治にコミットする事を拒み、飽くまで哲學の領域に踏み止まらうとした。それは、政治の世界にゐれば不當に粛清される機會が容易に訪れ、正義を廣める自らの使命を妨げる事を、ダイモンの合圖に示唆されたからだと言ふ。けれども、哲學の領域に踏み止まつた事はそれ自體として政治そのものに對する批判となつた。最終的にソクラテスは決定的に政治と對決しなければならなくなり、政治的な裁判に立ち向かはねばならなくなつた。


本書で田中氏は、ソクラテスに關する常識的で平凡な問題の設定と追求の仕方をしてゐるが、それはソクラテス自身の問題設定が極めて常識的で平凡であつた事に據るものであつた。が、ソクラテスが平凡と常識を追求した擧句、生命を賭した鬪ひに至つたやうに、田中氏の敍述も章を追ふ毎に緊迫を増す。吾々は常識的にソクラテスを偉人と考へてゐるが、ソクラテスの常識を實踐する人は稀である(現代の日本では不可能)。案外、吾々はソクラテスの偉大と問題を認識し得てゐない。田中氏の解説はその邊の吾々の問題を巧みに浮彫にする。ソクラテスに關する基本圖書だが、改めて讀んでみて良いと思ふ。

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