公開
2001-12-24「言葉 言葉 言葉」
改訂
2008-11-07

創元選書

概要

小林秀雄は、小林茂より依頼されて昭和十一年に創元社の編集顧問となつた。創元選書は、小林秀雄が發案した創元社の叢書で、昭和十三年から刊行が開始された。名著・良書を集めた戰前を代表する叢書の一つ。

收録作品は如何にも小林秀雄らしい撰擇で、個別の卷のみならず、シリーズ全體に興味を惹かれる。殊に、戰前に出た創元選書は素晴らしいラインナップで、全て揃へたい。一方、戰後に出たものは、それほど惡くはないのだが、どうも戰前よりも格が落ちるやうな印象がある。

裝釘は青山二郎が手掛けたもので、洒落たデザインである。大變殘念な事に、1990年代になつて創元選書のカヴァにも書籍バーコードが印刷されるやうになつた。緑の模樣が削られ、中には背の部分のデザインまで改變されたものもある。

古書業界では比較的安く流通してゐる。殊に戰後直後の状態の惡いものは廉価で販賣されてゐる。しかし、初期の状態の良い物で、珍しい物には、高い値が附いてゐる事がある。シリーズとして纏まつて賣られる事は先づ無く、コレクションするにはばらでこつこつと集めるしか手がない。

戰前版

戰前の創元選書のラインナップは、今見ても斬新であり、魅力的である。小説・戯曲・評論・隨筆の優れた作品を集めたのみならず、生物學、考古學等の名著も收録、文學に偏る事なく廣汎なジャンルの作品を收めてゐる。

小林秀雄自身によつて企劃・出版された本もある。

當時、餘り世間に知られてゐなかつた民俗學者・柳田國男は、この創元選書に著作が收録されて以來、汎く世間に知られるやうになつた。創元選書の第1卷は柳田國男『昔話と文學』である。

表紙・カヴァは青山二郎がデザインした。クロース裝の本體に上品なデザインのカヴァがかかつてゐる。シリーズの通卷番號脇に刷られる模樣には變化がある。

大東亞戰爭末期に用紙事情惡化の爲、造本が簡易化され、カヴァがなくなつた。昭和十六年四月(『近世小説 中』)から、戰時體制の爲、用紙サイズが規制されて、判型がやや大きくなつた。

戰後版

戰後の創元社は龜井勝一郎が戰中に執筆した『聖徳太子』を以て創元選書の刊行を再開した。

戰後直後は用紙事情が惡く、一般に書籍は造本が粗惡になつた。創元選書も例外ではなく、表紙が薄紙になり、本文の用紙に仙花紙が使用された。戰爭による被害が比較的少かつた地方の印刷所を利用した出版も行はれたが、創元選書も一部が北海道や金澤、長野の印刷所で印刷された。北海道支社發行扱ひのものがある。

昭和二十三年十二月以降、再び厚紙製本となり、カヴァが附いた。

依然、資材の調達等は困難であり、ハードカヴァとは言ふものの、粗末な造本である事は否めなかつた。非道い状況から立直り、それなりのものになるのは昭和二十年代の終りで、戰前竝の立派な裝釘に復するのは漸く三十年代初頭に至つての事であった。


昭和二十三年、創元社の東京支店は獨立の法人となつた。昭和二十年代半ば頃は詩集ブームで、創元社も詩集を多數刊行、創元選書にも多數の詩集が入る事になつた。この爲、戰前のやうな多樣性が失はれる結果となつた。

昭和二十九年にこの創元社(東京)は倒産するが、すぐに東京創元社として再建。以來、創元選書は東京創元社が刊行を擔當する事になる。一方、東京創元社はミステリ出版を開始、のちに創元推理文庫を創刊して早川書房とともに日本の代表的なミステリ專門出版社に育つて行く。ミステリ關係の出版企劃は厚木淳が提案したもので、小林秀雄は「推理小説はよくわからないが」と言ひつゝOKを出したとの事。閑話休題。

昭和三十年代の創元選書では、「寫眞シリーズ」と稱する、寫眞のページが多く、文章のページの少いものが數多く刊行された。龜井勝一郎『新版・大和古寺風物詩』は良い企劃で、長く賣れ續けた。松原正業『埴輪』は福田恆存に高く評價された。

終刊(?)とそれ以後

東京創元社は昭和三十六年にまたもや倒産、翌年東京創元新社として再建された。この前後に創元選書の刊行は中斷された。

とは言へ、東京創元新社になつてからも、創元選書の刊行は不定期・散發的に續いた。若杉慧『野の佛』や中屋健一『アメリカ史研究入門』等が刊行されてゐる。

昭和四十年代以降、創元選書は出版社でも最早一般向けのシリーズと看做されてゐなかつたやうで、大學でテキストとして使用されるやうな本に刊行の主體が置かれたやうだ。『概説西洋史』『概説現代史』はさうした流れの中で刊行されたものと思はれる。小林行雄『日本考古學概説』や桑木務『倫理學初歩』等、かなり遲くまで増刷を續けたものがある。

一方、小林秀雄の譯業・著作である『ランボオ詩集』『ドストエフスキイの生活』、及びG・B・サンソム『日本文化史』が、昭和四十年代末から昭和五十年代初にかけて、創元選書として再刊された。最早シリーズ末期だが、それだけにタイトルは嚴選されたものとなつたのだらう。昭和五十九年には、『フランスの大聖堂』『惡の華』の二册が纏まつて刊行された。『惡の華』の方は創元選書で嘗て出てゐたものの新版、『フランスの大聖堂』は戰中に二見書房から出版されたものの再刊。この二册が最後の創元選書となつた模樣で、以後、東京創元社は創元選書の新刊を出してゐない。

1990年代になつて、東京創元社は「創元ライブラリ」なる文庫を創刊した。このシリーズは、小林秀雄譯『精神と情熱とに関する八十一章』、齋藤磯雄譯『未來のイヴ』やバルザックの人間喜劇(『シャベール大佐』一册を出した後、續きが出てゐない)、北條民雄の小説等を收録してをり、「創元選書の精神を受繼ぐシリーズ」と見る事が出來る。けれども、中井英夫の著作や、『歯医者に虫歯は治せるか』のやうな雜本の類――剩へいしいひさいちの漫畫本までも收録してしまつてをり、通俗的で凡庸な叢書となつてしまつてゐると云ふ印象は否めない。

創元選書に關して、出版社から正式に刊行の終了がアナウンスされたとは聞かない。今後も新刊が出る可能性はある(編緝者次第)。しかし既に最後の卷が刊行されて二十年以上が經過してをり、一往「終刊した」と看做しては良いだらう。

リンク

図書出版 創元社
図書出版 創元社_会社案内(会社概要)
図書出版 創元社_会社案内(創元社の歩み)
東京創元社
東京創元社|会社概要
東京創元社|年譜
inserted by FC2 system