それは、とある晴れた朝の事だった。雨上りの気持ちの良い朝である。ぼくは道を歩いていた。
すると、クリーチャーの子供達が集まって、何か話しているのが目にとまった。普段なら気にせず通り過ぎてしまうところだが、彼等はぼくをちらちら見ている。そこでぼくは彼等のひそひそ話に聞き耳を立ててみた。
予想通り、彼等はぼくの友達の噂をしていた。
「にゃもちくん、生徒会長に立候補する!」
彼等はいつも噂をしている。その噂は、本当の事もあり、根も葉も無い噂に過ぎない事もある。
しかし、ぼくは、無い首をかしげた。彼等は何を言っているのだろう。すぐにはちょっと理解できなかった。
「にゃもちくん、生徒会長に立候補する!!」
生徒会長……?
「にゃもちくん、生徒会長に立候補する!!!」
ちびくんが大声を張上げた。もう「噂」のレベルではない、ぼくがいかにも胡散臭そうな表情を浮かべていたからだろう、聞こえるように言ったのだった。
ぼくは、頭の上にクエスチョンマークを浮かべて、ちびくんを見詰めた。
嘘じゃないやい、ちびくんは飛び上がった。彼等はひどく熱心に、噂は本当だと主張した。ぼくは、しかし、なかなか信じられなかった。
けれども、そこに荒川智則もちくんがやってきたのであった。彼は、お得意の、凄く困ったような顔をしながら、ささやいてくれたのである。
「にゃもちくんが生徒会長に立候補するそうだ……」
噂は本当らしい。ぼくは絶句した。
そして。
ぼくは、にゃもちくんが選挙活動しているのに、実際、出くわしたのである……。
噂は本当であった。まさかと思ったが、本当であった。
「にゃもちくん……」
「にゃー」
にゃもちくんは元気に答えてくれた。あいかわらずである。
ぼくはにゃもちくんがいろいろな事にチャレンジするのを、いつもあたたかく見守ってきた。にゃもちくんはチャレンジするのが大好きで、しかも熱心だった。それは、はたから見ていても楽しげだった。だからぼくは、いつも彼のチャレンジを応援した。ぼくはにゃもちくんが大好きなのだ。
もちろん、にゃもちくんのする事だから、無茶なチャレンジも多かった。だからこそ、ぼくなんかは彼をサポートしたくなったのだ。毎回毎回、にゃもちくんは大騒ぎして、ぼくらを巻き込み、そして目標を何とか達成しては、にゃーにゃー言った。ぼくは毎度、それを楽しみに、にゃもちくんを手伝った。
けれども、生徒会長になる、なんてのは、ちょっと今までのチャレンジとは意味が違う。それは、おもちクリーチャー界では、あり得ない出来事だ。
一言で言って、にゃもちくんにはとても無理だ。
かのおもちくんですら、生徒会長にはなれなかったのである。毎度一生懸命なにゃもちくんには悪いけれども、無理だと思う。
にゃもちくんが用意したたすきをかけて、一緒に並んでいたけれども、ぼくは目に見えてぶすっとした顔をしていたはずだ。つっこみ役の普段の顔より、さらに不機嫌そうな顔……。
しかし、にゃもちくんは気にしていないようだった。道行くクリーチャーたちに、愛想を振りまき、体をこすりつけている。にゃーにゃー言いながら迫ってくるにゃもちくんに、クリーチャーたちは苦笑していた。
そんな中、クリーチャーの間から、一人のすまいるくんが跳んできた。おもちくんのパートナーのすまいるくんだろう。外見から、すまいるくんたちは区別がつかないので推測するしかないが、多分間違いないと思う。
「こんにちは! にゃもちくんのお守りも大変だね、こもちくん!」
すまいるくんはにこにこしていた。
「んー大変ってほどの事はないけれども……」
「いやいや、彼の行動力に付き合うのは大変だよ!」
「まあね……」
確かに、ぼくはにゃもちくんにいつも振回されている。ちょっとうんざりぎみな表情になったりもする。けれども、内心ぼくはいつも苦笑しているのだ。そしてぼくが苦笑する時は、苦痛を感じているわけではない。
そんな事を心の中で考えていると、すまいるくんはにこにこするのをやめ、眉間に皺を寄せながら尋ねてきた。
「今回は生徒会長に立候補だって?」
いかにも困ったような表情である。
すまいるくんは、クリーチャーではない。クリーチャーの世界に住む陽気な住人ではあるが、クリーチャーとは違う存在だ。どうやらぼくたちの生活を陰から支えてくれているらしい。そんなすまいるくんが、困惑しているのだ。
「うん。一度言出したら、なだめてもすかしても、絶対にやめないんだ」
「知ってる。にゃもちくんって意外と頑固だよね」
そう、にゃもちくんは、柔らかい外観に似ず、頑固なのだ。だからぼくはいつも、彼がやり出した事には反対しない。あたたかく見守るだけである。だけど……。
「頑固で困るよ。今度もまんがか何かで読んだらしい、生徒会長になりたくてしょうがないんだって」
頑固なのに、妙にいろいろな事に影響を受けやすい――それがにゃもちくんである。
ぼくたちは揃って溜め息をついた。
「そりゃ困ったねえ……」
「困ったよ……」
生徒会長になる……にゃもちくんはいとも気楽に決意したらしい。なにしろまんがで読んだ事なのだ。気楽にできる事だろうと、彼は思って、真似したのである。しかし、生徒会長になる事は、彼が思っているほど、クリーチャーの世界で、容易な事ではない。
「まずは無理だろうね。こんな事を言ってはいけないんだろうけど、無理じゃないかな」
すまいるくんは、気がかりそうな表情である。
しかし、にゃもちくんは、一度決めた事は、絶対実行するのである。とにもかくにも実行。やめろと言われても聞く耳持たない。だから今回も、最後までやり通すはずである。
ぼくはすまいるくんにそう話した。すまいるくんは苦笑した。
「しかたがないね。何でも手伝うよ、がんばって」
「ありがとう。にゃもちくんには最後まで付き合うしかないんだ。がんばるよ」
ぼくは悲愴な覚悟を固めた。
すまいるくんは勢いをつけて跳ね上がると、どこかに跳んでいった。多分おもちくんを探しに行ったのだろう。
にゃもちくんは脇でにゃーにゃー言っている。