第十三話 ビッグ・アップル

プロローグ

 時に西暦2014年。ロボットレースは続けられていた。

 だが、その全貌を紹介するにしても、作者の手持ちのネタは余りにも少ない。

 そんなわけで。

 とりあえずドクター・トミーとドクター真木の状況にだけ、決着を附けて、さっさと話を終らせる事にする。

 どうでもいいが。

 「エヴァ」はある意味、「フォント弄り系」の元祖であるような気もするのだが、気のせいだろうか。読者に尋ねても仕方のない事だが、誰かがマジレスしてくれそうな気もするので、一往書いておく。

 フェード・アウト。

タイトルロゴ

鋼鉄面皮デカイオー

op省略

省略なのだから仕方がない。

CM

 デカイオーを馬鹿にしながら見ているみんな、むぎむ(略)。

本編

 長々と続いてきたロボットレースも終盤。毒太の毒電波にやられて次々とロボットが脱落して行く中、生き残ったのはデカイオーとガルベースだけだった。ストーブリーグの季節がやってきて、いよいよ由来の中の人の事が記憶から消されて行くのだけれども、この小説のガルベースは健在だった。

 ガルベースの中の人たち、すなわち、ドクター・トミーとマリアンちゃんこと秋本マリアは、退屈していた。

「たいくつたいくつたいくつたいくつ」

 マリアンちゃんの周りを、靴を履いた鯛が何匹も泳ぎ捲っていた。とてもなつかしい光景だった。

「やかましいわ。盗聴の一つや二つ、できないくらいで、退屈するんじゃない」

 トミーが怒った。しかし、マリアンちゃんは、トミーが怒ったくらいで動じるようなタマではなかった。ターマタマタマタマ。

「ひまひまひまひま」

 マリアンちゃんは、ただ言い方を変えた。

「あたしは、ひま、と言ってるだけだからね。たいくつ、と言ってるんじゃないからね」

「それがどうした」

「それがどうしたと言われたら、この小説なんか、どうしようもないんじゃないかと思うけれども」

 マリアンちゃんはコンソールの上に脚を投げ出した。

「邪魔だ。その脚をどけろ」

 トミーはますます怒った。

「別にいいじゃない。どうせそのコンソールは飾りで、操縦はあたしがしてるんだし」

「でも、何となくわたしの権威というものが、この二本の脚のせいで台無しにされているような気がするのだが」

「ボスに権威なんて、ある訳ないでしょうが」

「権威など、なくていい。腕白に育てば」

「ボスだって、暇だから、そうやって、なんかパロディもどきの科白を呟いてしまったりなんかしちゃったりなんかして」

「まったくもって暇だなー」

「いやボスあのですね」


 デカイオーでは、盗聴器を改造した逆盗聴器を通して、ドクター真木といづみちゃんこと秋本いづみがガルベースのコックピットを盗聴していた。ちなみに、逆盗聴などという事ができるのかどうかは不明だ。一昔前の漫画かアニメでない限り、多分、無理だ。

「マリアンちゃんさん……」

 まりあの事を思い浮かべたのか、いづみがひとりごちた。

「いや、さんは要らないと彼女は言っていなかったっけかな」

「……博士、ひょっとして今、博士はあたしのこと、馬鹿じゃないのかとお思いになりませんでしたか?」

 博士は沈黙で答えた。

「そうだったんですね。ええ。そうでしょう。そうでしょうとも。あたしは今まで、博士の前では猫をかぶっていましたから」

 いづみは、じっと前を見据えて、言った。

「博士、博士にはたいへん申し訳ない事をしたと思っています」

「……ん?」

「博士の書斎でお茶をひっくり返したり、お食事の時にお味噌汁を膝の上にこぼしたり、粗相もいたしました」

「そうそう」

 粗相とそうそうの駄洒落だった。

「……オヤジギャグは、やめて下さい」

「いや、そもそもこの小説、ギャグだし」

「そうでしょうか。あたしたち、本当にギャグの小説に、出演していただけ、だったのでしょうか。ちょっと待って下さい。少し考えて下さい」

 いづみは、視線を真木に移した。

 真木は、どぎまぎした。どうでもいいんですが、どぎまぎ、って、面白い言葉ですよね。閑話休題。

「デカイオーは、そもそもギャグで開発されたものだったのでしょうか」

「いや……それは」

「デカイオーとは、神によって義とされた者、を意味します。しかし、ならば、デカイオーは、神が義を実現するためにこの世に送り込んだ使者であると考える事はできないでしょうか?」

 いづみは、拳を握り締め、力説した。

「……なるほど。デカイオーは、最後のシ者である、と」

 真木はまぎまぎしながら答えた。

 小麦ちゃんはむぎむぎこむぎちゃんだ。

 ……。

「地の文はとりあえず無視。やはりあたしたちは、デカイオーを動かしているのではなく、デカイオーを動かす背後の存在者――神、によって動かされているのではないでしょうか」


 一方こちらはガルベース。

「神きたー」

 ヘッドフォンを耳に当てたマリアンちゃんが奇声をあげた。

「あのなマリアンくん……」

「こんな時のために、逆盗聴器を逆手に取った逆盗聴器盗聴システムを開発しておいたのが役に立ったわ」

「というか、なんだそれは」

「詳しい説明を聞きたい、ボス?」

「ききたくない」

「なら問題ないわね。それにしても、ききわけのいいボスって、なんか嫌」

「やかましい。いや、そうではなくてだな」

「神よ。神の存在よ。いづみも神の存在に気づいたのよ」

「神、だと?」

 トミーはどぎまぎした。いや、こんな時にこんな表現は使わない。

「ええ。神よ。神」

「いや、だからな。神だの仏だのと、安易に言うのは如何なものかと思うぞ。殆どトンデモだ」

「その、トンデモ、という語の使い方については、と学会の定義に照らしてわたしは反対だけれども、たしかに神だなんて、ちょっときいただけでは異様に聞えるかも知れないわね。でも! デカイオーがエヴァのパロディだとしたら!!」

 マリアンちゃんは、両手を広げてわめいた。

 そんなマリアンちゃんを後目に、落着いた風情で、トミーが語り始めた。

「たしかにそんな事を言いながらエヴァはあの尻切れとんぼの終わり方をしたあげく、夢エヴァ、SS、ゲーム、と、変な方向に派生を続け、最近ではゲーム版で「2」が登場したそうではないか。庵野システムなるあやしい設定まで登場して。どう考えてもGAINAXの連中、デカイオーをパクったとしか思えない」

「いや、そういう被害妄想的発想も、どうかと思うけれども」

「それにしても、なぜアニオタとして設定されておらず、どちらかというとアニメには疎いキャラクターであるわたしが、エヴァ2論など、ぶたねばならんのかね?」

「作者がそのように操っているからじゃないかしら。良くない事なのにね」


「逆盗聴盗聴システムハッキングシステムが役に立ったわ……」

 イヤホンをつけたいづみが呟いた。

「いや、そういうのを続けていると、無限ループに陥るからやめたほうが……」

「と言うか、どう考えても、お互い、話は筒拔けだから、会話できる筈よね」

「その通りよいづみ。今の今まで互いにぼけ通してきたから、それぞれのロボット内で会話が完結していたけれども、別にそんな御芝居を続ける必要はないわね。いよいよ話も大詰めよ」

「ええ、わかってる」

「最終問題は恋人選び」

「なるほどザ・ワールド」

「真木とトミーうるさい」


「インターネット経由でデカイオーの中の盗聴器にハッキング用のトロイの木馬を送り込んでおいたのが役に立ったけれども」

 メイド服の部下こと深部メイが呟いた。

「深部くん、どうした?」

 ドクター秋本こと秋本毒太が尋ねた。

「奴ら、何を喋っているのだろう。理解できん。頭いたい」

 メイは頭を抱えた。


 何だかんだ言いつゝ、デカイオーとガルベースはニューヨークに着いた。

「いづみくん、あれがニューヨークの灯だ」

「昼間ですけどね、今」

「それはそうと。ニューヨークニューヨークと言っても、ちょっと広過ぎるな。われわれはどこへ行けば良いのだろうか」

 真木が深刻そうな顔をした。

「ふふ、ニューヨークといったら、行く場所は決ってるわ」

 マリアンが口をはさんだ。

「決ってる?」

「そうよ。考えれば簡単じゃない。あのドクター秋本よ。高いところが好きに決ってる」

 しれっとマリアンは言ってのけた。

「たしかに、高いところが好きそうだよな、あのおっさん」

 ドクター・トミーも言ってのけた。

「やかましいわっ!」

 逆盗聴システムだの何だのが搭載されているデカイオーとガルベースの盗聴器やその辺の機械から、ドクター秋本の怒声が響き渡った。

「あらきいてたのね」

「あたりまえだ。わしはきさまらの動向を一々チェックしておる。きさまらがロボットレースの最中、何をし、何を食い、何を出し、ナニをしたかまで、全てをわしは知っておる」

「やーえっちー」

「むっつりすけべー」

 いづみとまりあが、じつはあまり気のなさそうな声で非難した。別名、棒読み。

 なぜ棒読みかといえば、ドクター秋本が完全にデカイオーとガルベースとを観察できたと二人は思っていないからだ。一往、オヤジに対する乙女の礼儀として、黄色い声をあげるのは自分たちの義務であると、二人は考えていた。やはり、二人は姉妹なのであった。しかし、二人はドクター秋本の娘でもあるのだった。一族で馴れ合いを演じている――トミーと真木はそう思った。トミーと真木は、疎外感を味わった。

「あー、お前たちは気附かなかったようだが、最初に渡したスタンプ帖、あれが監視システムとなっておる。その監視システムは、二十八次元を通じ、ニュートリノとオルゴンエナジーによってきさまたちを監視しておったのだ」

 ドクター秋本は、ふわっはっは、と、いかにもオヤジっぽい笑い方をした。

「監視システムか。一瞬、漢詩システムかと思って萌えたのだが」

 真木が余計な事を言った。

「さすがは真木先生ですね。感動しました」

 いづみが手を叩いて喜んだ。

 話が全然進まない。

「わしはエンパイアステートビル最上階で待つ。きさまらが来るも来ないも自由だ。だが、来なかったら、きさまらは腰抜けだったと解釈し、世界中の掲示板に宣伝の書込みをして回るから覚悟しておけよ」

「あの」

「義じゃないんだから」

「エンパイアステートビルですか。何とかといっしょで、高いところが好きなんですね」

 真木らは好き放題にドクター秋本を煽った。秋本はキれて、2ちゃんねるにスレを立てたが、スルーされたらしい。


 深部メイが呟いた。

「馬鹿ばっか」


 真木たちは、デカイオーとガルベースをセントラルパークに降ろし、扉に鍵をかけると、ドクター秋本らの待つエンパイアステートビルに向かった。

 ビルの玄関口のところに、メイド服の美少女、深部メイが立って、一行を待受けていた。

「来い。ドクターが待っている」

 乱暴に言い捨てると、くるりと後ろを向いて、歩き始めた。

 真木たちは、メイの凄い剣幕に驚きつゝ、ひそひそ話をしながらそのあとについて行った。緊張感のない連中だった。

 ひそひそ話の内容は、もちろんこの異様なメイド服美少女の噂だった。メイは黙殺した。いつの間にか、「メイド服美少女戦士」という渾名が附けられていたのには閉口したが、無視する事に決めた以上、文句を言うのは避けねばならなかった。

「無視は最大の侮辱なのよ」

 ふっ、と笑みを浮かべながら、メイは呟いた。それを見たいづみがまた大いに喜んでいたのだが、本当にうざったい連中だなーとメイは思った。


 エレベーターで登った最上階。通路のどんづまりで、メイが一行に告げた。

「入れ」

 すかさず、マリアンちゃんが叫んだ。

「入ります、入りません!」

「いつのギャグだ」

「古過ぎ」

 散々に罵倒された。

「いいじゃないのよ。どうせオヤジギャグ小説なんでしょ、これ。オヤジギャグを言って、何が悪いのよ」

 マリアンちゃんは逆切れした。

「うるさい!」

 ずっと待っていて、やっと出番がきたにもかかわらず、なんか無視されぎみのドクター秋本が、どん、と机を叩いた。

「あーこんにちはお父さん」

 いづみがにこにこしながら手を振った。

 何て緊張感のない……とメイはあきれた。しかし、家族同士なのだから、そうそう緊張感があっても堪らないだろう、と、すでにオヤジの域に達したトミーと真木は、自然に納得していた。しかし、二人は他人なのだから、少しは緊張して良いだろうと思うのだが、全然緊張していなかった。彼等は、オヤジであると同時に、良い意味で大人だったのだ。本当かどうかは知らないが。


 エンパイアステートビル最上階。ガラス張りの一室。ドクター秋本は、激怒の表情を浮かべつゝ、こちら(どちら?)を睨んでいた。

 しかし、そこは別に執務室でも何でもなく、エンパイアステートビル名物の展望室だった。

 ドクター秋本の周りには、不思議そうな表情を浮かべた子供達が群がり、彼等の手を母親が引いて、引離そうとしていた。

 ある母親が言った。

「危ないから近づいちゃいけません!」

 好奇心を剥き出しにした無邪気な子供は、いやいや秋本のそばを離れて行った。

 彼等を、ドクター秋本は、無視した。しかし、あちらではガイドさんが日本人観光客の一行を案内し、こちらではバーモントから出てきたとおぼしき田舎者の老夫婦が「ありがたやありがたや」とあちこち拝みながら歩き回っている。

「あのードクター秋本。ここはただの展望室のように見えるのですが」

 ドクター・トミーが、例によって恐いもの知らずの本領を発揮して、ツッコミを入れた。

「その通りだが、それの何が問題かね」

 平然と、ドクター秋本は答えた。

 たしかに、問題は何もない。トミーは、いきなり言葉に詰まった。

「本当に馬鹿ね、ボスって」

 マリアンちゃんは、うんざりしたような表情を浮かべつゝ、呟いた。もう、見捨てたい、とでも言いたげな表情だった。

 それを見たメイは、無意識のうちに、まりあに親近感を覚えた。

「しかし、常識的に言って、こんなところでロボットレースの表彰式をやるとは考えられんだろう」

 しどろもどろで、トミーが言い訳した。

「表彰式?」

 メイが嘲った。

「秋本まりあさん、あなたの言う通りね。このトミー博士、噂以上の馬鹿らしいわね。ロボットレースなんて、ありはしなかったのよ。全てはあなたたち――いえ、あなた、ドクター真木を陥れるための罠」

 メイは、びしっ、と真木を指差した。真木は、なぜか、ひょいと何かをよける仕草をした。メイは、憎しみの表情の中に、苦々しい感情を交えた。

「そうだ。わしはきさまらを、ロボットレースの勝者としてたたえるためにここに呼んだのではない。復讐のために呼んだのだ」

 ドクター秋本も、ものすごい表情で真木を睨みつけた。

「……とすると、わたしは完全な部外者、ということになるな」

 トミーが肩を落しつゝ呟いた。

「きみはおまけだが、全てを知ってしまった今、ここから帰す訳には行かない」

 ドクター秋本が、気の毒そうな風を装って見せた。

「しかし、ここ、展望室だし、その辺にいる人たち、一般人ですよ、彼等も帰さないんですか」

 トミーは食い下がった。

「彼等はわしらの事情を知らん。ならば、わしらがなにをしようが、彼等は何が何やらさっぱりわからんだけだ。問題ない」

 ドクター秋本は嘲笑した。

「わたしだって、事情は良くわからん」

「さすがは馬鹿だな」

「馬鹿、馬鹿と言ったなドクター秋本。わたしを馬鹿と言ったな。親父にも言われた事がないのに。馬鹿と言う方が馬鹿なんだぞ」

「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿」

「やめてよボス」「やめて下さい、ドクター秋本」

 低レヴェルな言争いに陥ったトミーと秋本とに、マリアンちゃんとメイとが同時に制止をかけた。

「あら」「え」

 互いに、互いの顔を、照れたように見る。

「何だかいいコンビですね」

 いづみが、おっさん連中か、お嬢さん連中か、どちらがとははっきり言わずに、呟いた。


「詰りだな、わしは秋本鶴を奪ったドクター真木、きさまに復讐をするのだ」

 ドクター秋本が、ほのぼのとしてしまった雰囲気をぶちこわすような剣幕で怒鳴った。

「……秋本、鶴を……奪った?」

 いづみが呟いた。

「そうだ。わしの最愛の妻、鶴を、だ。鶴を真木は奪ったのだ」

「……ちょ、ちょっと待ってお父様。真木先生は、お母様をお父様に奪われたとおっしゃったわ」

 いづみは大声を上げてドクター秋本に抗議した。

「そうだ。鶴くんはいづみくんをお前の娘だと言ってわしに見せたのだぞ」

 真木もいづみに同調した。

「何を言うか。鶴はわしに、まりあをきさまの娘と言って見せたのだぞ」

「えー」

 マリアンちゃんはパニックになった。


 そこへ、一人の観光客風の恰好をした女性が声をかけてきた。

「まあまあ。みんな集まっちゃって。同窓会? なら、わたしも混ぜて」

 彼女は。

「あー」

「鶴!」

「お母様!」

 みんな一斉に彼女を指差した。

 彼女は、コートを一気に脱ぎ捨てた。品のある着物を着た秋本鶴の姿がそこにはあった。

「あらあら。何をみんな驚いているのかしら。ここは展望室。誰でも入れる公共の場よ。何か問題?」

 鶴は、にーっこり、微笑んだ。


 一同は、ベンチを三つ集めてきて、坐っていた。

「すると、全ては鶴くん、きみの仕組んだ事だったというのか」

 真木が、ふるふると震える指で、鶴を指差した。

「そうよ。ええ。わたしが全て、今回の御芝居は仕組みました」

「すると、お前か、ロボットレースを主催するようわしを仕向けたのも」

「もちろんですとも」

 秋本鶴は、余裕の表情を浮かべていた。

「しかし、しかしだな」

「毒太、あなたの下に送り込んだ深部メイ、彼女がわたしのスパイだったの」

 メイが、立上がって一礼した。

 しかし。

「鶴さま、あなたのおっしゃる通り、私はドクター秋本をたぶらかし、ロボットレースを実行させました。しかし……」

「そうね。メイ、あなたがわたしのところに来て、わたしのスパイとなったのには、訳があったわね」

「ええ。わたしはデカイオーを許せない」

 憤怒の表情を浮かべて、メイは唸った。

「そうだ。わしとの面接でも、メイは言ったのだ。わしが、高田馬場駅前を破壊しつくしたロボット・デカイオーをどう思うか、尋ねた時、メイは、許せない、と」

「わたしと話をした時にも、メイは言いました。わたしが、高田馬場駅前で暴れたデカイオーについて尋ねた時に」

「そう。わたしはデカイオーを許せないのだ。高田馬場駅前、わたしの勤務していたルノワールを破壊したデカイオーを」

 メイは力強く言い切った。

「え?」

「ルノワール?」

 ドクター秋本と、秋本鶴は、虚を衝かれたような声をあげた。

「デカイオー、きさまの破壊したルノワールで、わたしは働いていたのだ。店が破壊され、わたしは解雇された。退職金代わりに、このメイド服を与えられてな。わたしはあの日、風邪を引いて休んでいた。だから、何のせいでわたしが職を失ったのか、知らなかった。秋本鶴さまと、ドクター秋本が、悪いのはデカイオーだと教えてくれた」

「いやちょっと待て」

 真木が右手を上げて発言を求めた。

「なに? 何か言い訳する気?」

「言い訳も何も、あの時デカイオーが出動したのは、それ、そこにいるドクター・トミーがマツザカーで馬場の町を破壊しようとしたからだ」

 びしっ、と真木はトミーを指差した。

「あー、そんなこともあったな。まあ、昔の事だ、わはははは」

 トミーは、脂汗を垂らしながら、笑ってごまかそうとした。

「……そうだったのか」

 メイは、ぶるぶると拳を震わせた。

「デカイオーは、悪くなかったのか……」

「ちなみにわたしは、その日も朝から知恵の輪を外せないボスをからかったりしたけれども、一緒に出撃なんてしなかったからね」

 まりあは逃げをうった。

 しかし、メイは許す気がなかった。

「聞き捨てならないわね。ええ、気が合うかもと思った私が馬鹿だった。あんた、あんたの言うボスを、止めなかった。結果、あんたのボスは、わたしの勤務先を破壊した。ならば、あんたはあんたのボスと同罪だ。それを、わたしが許すと思うか」

「えーとだからあのね」

 珍しくまりあは動搖していた。

 滅多に隙を見せない彼女だけに、珍しく隙を衝かれた今、動搖を匿せなかったのである。

「ドクター秋本、あなたもわたしを欺した訳だ」

「何?」

「わたしに、悪いのはデカイオーだと思わせた。それは秋本鶴、あなたも同じ」

 ぎろり、と、メイは鶴を睨みつけた。

 今まで余裕の表情を浮かべていた鶴の頬に、たらりと汗が流れた。

「みんな……みんなわたしを欺していたのだ。デカイオー、真木博士、いづみさん、あなたがたを憎んだのはわたしのミスだ。謝る。しかし、あとの奴ら、お前たちはゆるさない!」

 メイは叫んだ。

「ま、待て! わかった、わたしが悪かった」

 ドクター・トミーが、思わず立上がっていた。

「すまん、わたしが全て悪い。謝る。本当の話をする。だから話を聞いてくれ」

「きさまが本当の話をする、だと? 一体何を」

 メイがトミーを睨みつけた。

「わたしがあの日、高田馬場を襲ったのは、メイ、お前の勤めるルノワールを破壊するためだった」

「何?」

「勤め先を破壊すれば、お前が帰って来ると思ったんだ」

「……帰って……来る?」

「そうだ。メイ。本当の事を言う。お前は俺の娘だ!」

「なにー」

「本当かドクター・トミー!」

「ほんとボス? ボスって実は子持ちだったの?」

「なんですって?!」

 一同が口々に喚きたてる中、メイは茫然として突っ立っていた。

「……信じられん、わたしはこの世の全てを信じられん」


 その夜、一同はニューヨークのブロードウェイ沿いにあるレストランで、宴会を行なった。みんな大騒ぎをしていた。

 ただ一人、沈んでいたのがメイだった。

 宴は夜おそくまで続いた。


 朝。みなが気附いた時には、既にメイの姿はなかった。

 今日も巷に雨が降る……。


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