公開
1999-01-13

マイナーな少女漫画を愛す

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 論じても受けないからといふ理由より、むしろ批評家の視点で見ると詰まらないからといふ理由でとりあげられない漫画家がゐる。私がいふのはマイナーな漫画家たちのことである。彼女らはこれと言つた特徴がないため、特徴を論じることに生きがひを感じる趣味的批評家には人気がない。

 有名な漫画家はたいてい、独特の主張があつて漫画を描き、なんらかの特徴を持つことになつてゐる。ことに大漫画家と呼ばれる漫画家は全てさうである。名の知れた漫画家を一人思ひ浮べてみると良い。そしてその漫画家の作品を思ひ浮かべて見ると良い。きくところによると、「よい」漫画には「メッセージ」が必要なのださうである。(私は信じない)

 ところが少女漫画を描いてゐるといふ以外、何も特別なイメージのない漫画家を考へてみよう。それがマイナー漫画家の中の、人気のない部類に入る漫画家である。作中に「メッセージ」はないが、少女漫画らしい作品をさういつた漫画家は描く。よく「一部に」人気があるといふ「枕詞」のつくマイナー漫画家は、少女漫画の範疇を逸脱してゐる事が多い。ところが人気のないマイナー漫画家は、洒落ではないが絵に描いたやうないかにも少女漫画らしい少女漫画を描く。彼女らは(間違ひなく女性に決まつてゐる)破綻のない、上手な物語を作る。かういふ漫画家は人気はあるが、マニアの間で、あるいは世間でも、熱狂的に支持されることはない。

 しかし一般の少女漫画誌において支持を得てゐるのはかういふ漫画家である。少女漫画を論じるものは、彼女らが支持される理由を考察すべきである。絵柄が派手で、話が単純明快だからと、簡単に割り切つて切捨ててはならない。驚いたことに、さういふマイナー漫画家の作品には、外れが少ないのである。マイナー漫画家は一般に、破綻のない、上手な物語を作る。といふよりも、私の好きなマイナー漫画家の作品には失敗作が少ないといふだけなのかもしれないが、それならばこれらの漫画家を問題にする批評家がどれだけゐるのか、あらためて問うてみたい。あるいはそんな批評家などゐないといふなら、そのことの方が問題である。

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 事実は、「人気のない」マイナー漫画家と呼べる連中はみな、オプティミストであるやうに思はれる。オプティミストとはすなはちお人好しのことである。読者はさうした作者の人のよさにひかれるのであらうか。私はかういふ漫画家たちの作品を読んで、何度もその甘いオプティミズムにあきれた。しかしさうした漫画家達の中には、人を信じる事の難しさ、そしてそれにも関らず人を信じようとする登場人物ばかり描く者がゐる。それは旧式の、奇怪な不幸が連続する、俗にいふ「不幸のオンパレード」式の少女漫画のことではない。明らかに甘さを売りにしてゐる作家が、平然と世の中の厳しさを描くのである。マイナーな少女漫画のさらに小数の漫画家の描く登場人物は、皆がみな必ずしも立派だとはいへないものの、皆真剣に生きてゐる。きつとその真剣さが、シニカルな批評家諸氏に受けない理由であらう。

 しかし、なんの主義主張を持たないマイナー漫画家も、みな話作りが上手であることをわれわれは無視してはならない。どのマイナー漫画家もこのやうな物語の作り方を知つてゐて、承知で描いてゐる。これを単に商業主義に結び付ける連中は、逆に商業主義に毒されてゐるのである。私の考へでは、巧みに作られた物語といふことが少女漫画の支持される最大の理由である。それを無視して、逆にストーリーに破綻がありながらなんらかの「価値」を作品中からむりやり探り出して賞揚するのは、むしろ一般読者を虚仮にした行為である。批評をする意義のひとつに、正当な評価を作品に与へることがある。不当に高い評価を与へる行為を私は批評と呼ばない。

 最後に、さういふ種類のマイナー漫画家の存在を私が強調する理由をもう一度はつきり説明しておかう。人気のある「メジャー」漫画家の作品は、いづれも強い主張・主義がある。そして大半の漫画家は人とは変つた主張を漫画の上で表明しなければならないと思つてゐるし、大半の批評家は漫画家から人とは違つた主張を読み取らなければならないと主張してゐる。これが一般の読者を毒したのである。だが、さういふメジャー漫画家は、人を愛する事の困難を無視したり、生きていくことには苦しさと楽しさの両方があることを忘れ、一方に偏る。これらは単純な真実であるがそれが漫画の批評家に分らないのは、あるいは彼らが表現しないのは、自分の主義主張の方が大事だからである。しかし読者は、かうしたメジャー漫画家の「主張」の政治的イデオロギーにたやすく影響される。マイナー漫画家の方が下手な主義主張を表さないだけに、むしろ作者の正直な人間観察を期待できる。わたしは批評家受けのする多くのメジャー漫画家の作品より、むしろ批評家が歯牙にもかけないにもかかはらず少女漫画雑誌をもとめる少女たちの多くには支持されてゐるマイナーといつてもよい漫画家の作品に少女漫画の正統を見出したいのは、かういふ訳なのである。

追記

 何がなんだかさつぱり訳がわからないかと思ふので、私がこの文章を書くにあたつて念頭においてゐたマイナー漫画家が横田幸子である事を記しておく。また私の好みのマイナー漫画家として、いとうもも、幹久美子などがゐる事も記しておく──ただ誰も知らないだらうが。

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