初出
fj.rec.animation
公開
1998-12-13

彼氏彼女の事情

1

ネットニュースで『彼氏彼女の事情』に関する記事をいくつか読んできて、疑問を感じました。それらの中から2点を纏めます。

  1. 「小説的な表現」を使つた漫画は良い漫画なのか──仮に良いとした場合、その様な漫画を原作にアニメーションをつくるにあたり、さうした手法をそのままアニメーションに持ち込んで良いアニメーションができるものなのか。
  2. 台詞に頼らず映像主体で物語を表現するアニメーションが良いアニメーションなのか。

結局、良いアニメーションとは何なのか、といふ疑問なのですが……。個人的な意見としては、1.にしろ2.にしろ、バランスの問題ではないかと考へるのです。つまり、漫画は絵と台詞と台詞以外の文字、アニメーションは映像と台詞──これらが適切な量と質と順番で提供されてゐる必要がある──私は個人的には、さう考へる訳です。

2

単に言葉の重みを重視してゐるとか、書き文字が多いとか、台詞で全部話が分るとか、あるいは作画がきれいだとか、それだけの理由でアニメーションは良いとか悪いとかはいへないでせう。

たとへば、シナリオを読まないとよく分らない面があつたのですが、『lain』は巧みに話が作られ、適切な絵がそれをひきたたせた──さう私は感じました。『lain』の映像としての表現は、今の規制下では、ひときは目立つべきものです。しかしその目立つ特異な演出は、物語の中で伏線として役に立ち、浮上がつてゐない──私は『lain』における演出・効果とストーリーの絶妙なバランスに舌を巻きました。

お芝居ですと、戯曲で台詞を読むと全部話が分かるから悪いお芝居だ、とはいへません。そんなことを言つたらすべての戯曲は屑といふことになります。すぐれたお芝居(シェイクスピアをはじめ)は、舞台で観る楽しみと同時に、台本(戯曲)を読む楽しみがあります。よいお芝居といはれるものは、みな舞台の上の映像的な面白さと台詞の面白さが適切にミックスされてゐます。

3

さて、現実に『カレカノ』アニメーション版は、当初オープニングがなかつたり(一説には演出であるともいふ)、前回までのあらすじのところが「諸般の事情により」真つ黒の画面になつてしまつたり、と悲惨です。スケジュールが押してゐるとか、制作会社が絵関係(おそらくは動画)のスタッフを二線級のばかり投入したとか、TV局の規制がきびしいとか、かなり可哀想なのだ──といふ噂をききました。

しかし私は『カレカノ』については、「失敗」は失敗だと思ひます。要は「制作費」とか「時間」とかが足りないなら足りないで、あまりに高レベルの作画や演出をやつてゐるからです。俗にいふ「高望み」をしてかへつて完成度を落としてゐるからです。

低予算でも妙に面白い作品がたまにあります。『聖ルミナス女学院』は非常に低予算だらうと思はれるのですが、その割に面白い、と感じます──lainほど面白くないのですが。つまり、低予算なら低予算だといふ意識を持つて、分をわきまへた作り方をする必要があるのではないか、といふことです。

たいした話ではないし、絵もきれいではない──にもかかはらず、妙に観る者を引つぱつていく力が『聖ルミナス女学院』にはあります。アニメーションは絵がいちばん手間がかかります。だからクオリティをあらかじめ低めに見積もつて、作画レヴェルを統一してゐます。そのため全体に一貫した印象があります。また、絵がよくないかはりに、脚本と演出に力を入れてゐるのです。アニメーションのやうな「総合芸術」では、一貫性とバランスが重要です。

『彼氏彼女の事情』はバランスがとれてゐません。少女漫画の通弊で、ギャグとシリアスのシーンで落差が激しいといふことがあります。庵野監督がさういふ原作をまじめに再現しようとしてゐるから、アニメーションでも落差がある──さうかもしれませんが、それがよいかどうか。庵野監督は批判してゐません。ならばよいと思つてゐるのです。あるいは制作スケジュールや環境の都合上、妥協してゐるのかもしれない──制作状況がよくないらしいので、あへて「原作どおり」のふりをしてゐるのかもしれません。どつちみち物語の表現としてはよくないと私は考へるのですが、それならば「実験作」として評価は変はります。

4

製作者は本当に原作を面白いと思つてアニメーションを作つてゐるのか──これがいちばん重要な問題なのです。

庵野監督は間違ひなく漫画の『彼氏彼女の事情』のことを好きに決つてゐます。でなければ、(言ひ方は悪いですが)あんなヒットしなささうな漫画をアニメーション化しようだなんて言ひ出すわけありません。「漫画に忠実」なアニメーションといふのを、庵野監督は「本気で」つくらうとしてゐるのではないでせうか。

出来栄えは悲惨としかいへないやうなところが多々ありますが、庵野監督は真剣に作つてゐる──それだけは認めるべきではないでせうか。(エヴァの映画よりは真剣に作つてゐるとは思ふ)

出来は悪いにしても、真剣に作つてゐるといふ点では私は庵野監督に好意を持ちます。ですから、とりあへずは最後まで観てみたいと思ひます。(スキャンダル的な興味もあることですし──TVでどこまで庵野監督は「やる」のでせうか。もはやそこにしか興味はないともいへます)

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