制作者(webmaster)
野嵜健秀(Takehide Nozaki)
公開
2011-06-02
改訂
2011-06-17

小泉信三『読書論』

書誌

目次

第一章 何を読むべきか
古典について――或る程度多読の要――古典を憚るな――読書の利益――鴎外の「ヰタ・セクスアリス」中の一節――「福翁自伝」中の一節――つとめて大著を読め――読書家の顔
第二章 如何に読むべきか
難解の書に屈託するな――ともかくも読み進め――名著と名苑――名著と名曲――再読三読の要
第三章 語学力について
語学力を養う必要――それを養う方法――「蘭学事始」の前例――外国書味読の困難――筆写と素読
第四章 飜訳について
名著の飜訳と名画の模写――鴎外の飜訳論――細心と放胆との必要――「エミリヤ・ガロッティ」の例
第五章 書き入れ及び読書覚え書き
ミルの「功利主義」に対する福沢諭吉の書き入れ――漱石の書き入れと短評――鴎外と梗概――ヴァイニング夫人の「小恍惚」
第六章 読書と観察
名を知って物を知らぬ片羽――アルフレッド・マーシャルの観察力――ゲーテのイタリヤ紀行――福沢の「西洋事情」――同じく「旧藩情」――如何に読むべきか
第七章 読書と思索
読書と思索、受動と能動――ショーペンハウアーの警告――ファウストとワグナー――我らの内なるワグナー――漱石と鴎外――「私の個人主義」
第八章 文章論
福沢、鴎外、漱石の文章論――福沢の「文字之教」の嘲罵――マルクシストの難文癖――マルクスの文章論――劉知幾の「史通」――フランツ・オッペンハイマー――推敲の大切なること
第九章 書斎及び蔵書
書斎についての理想――明窓浄机――広さ、色調、椅子その他――書斎の記憶――ファウストの月に対する独語――書籍の購入と厳選の必要――書評の厳正――タイムス文芸附録の実例
第十章 読書の記憶
(一)父母――太平記――慶応義塾の学風――馬場孤蝶、福田徳三――「三田文学」――水上滝太郎――久保田万太郎――永井荷風
(二)ロンドン留学――大英博物館読書室――クインス・ホールのプロムネード・コンサート――「資本論」――当時の記憶――ベルリン留学――シュニツラー
(三)「戦争と平和」――始めてアメリカの学芸に接す――「国訳漢文大成」――文学に於ける音楽――谷崎潤一郎――志賀直哉――佐藤春夫

新版まえがき

……。

初版が出て以来、国語国字に関する新教育のため国語国字に関する一般の知識は甚しく制限されることになりました。仍てこの書の本文も、編集部に托して、旧版の用字や仮名づかいをすべて改めてもらうことにしました。それによって本書が若い世代にとり幾らかでも読み易いものになれば幸いと思います。

第八章 文章論

序でにもう少し福沢の文についていうと、福沢が文章の平易ということを心がけ、また自任するところもあったことは、福沢全集の緒言にも記されている通りである。それには大阪で教えを受けた緒方洪庵の訓戒というものが常に福沢を警めたとみずから記している。洪庵が抑も飜訳は原文の読めない人間のためにすることであるから、原文と対照して見なければ意味の分らぬような訳文を作ることは笑うべきの甚だしきものだという持論であったことは、前にも紹介したところであるが、特に福沢に対しても、無学なる読者の迷惑するような難文字を使ってはならぬ、「返す返すも六かしき字を弄ぶ勿れ」と戒め、福沢は「深く之を心に銘じて爾来曾て忘れたることなし」と書いている。但し福沢の文が読み易く、何の渋滞もなく読者の頭に入ることについては、なお考うべきことがある。それは単に難解の漢字を避け、俗語を多く取り入れたというだけのものではない。それは論理上心理上、作者の言う所を人の頭脳に入り易からしめるため、文字の選択、その排列、文の構造、言語の音韻、字面の見た目の感じなどにつき、異常の工夫の費された結果であって、単に劃の少ない漢字が並んでいるということだけによるものではない。福沢はたしかに文字の平明を期し、漢文に免れぬ誇張と矯飾とを嫌ったが、しかし文章が単に漢字を少なくし、仮名書きを多くするということで読み易くされるものでないことについては、今日の新聞雑誌の記事論説が多くの例証を示している。鴎外はしばらくおき、福沢も漱石(漱石の場合は創作初期の若干作品を除けば)も共に読み易い作家と認められているが、その使用する漢字の数は、今日の標準から見て決して少ないとは言われない。しかもなお、常用漢字の制限を守り、新仮名遣に従う諭説の多くのものが、福沢や漱石に比してたしかに読みづらい事実を以て観れば、福沢や漱石の文の一読してすぐ分るのが、決して漢字の少ないことのみによるのでないことは明かであろう。ここに考えなければならぬ問題がある。


マルクスの文癖に批評を加えたが、しかしマルクスが文章に苦心し、毎日のようにゲーテ、レッシング、シェークスピアなどを読んで勉強したばかりでなく、後進者の文の蕪雑を咎めることがすこぶる厳格であった事実は、これを伝えなければならぬ。後にドイツ社会党創立者の一人となったウィルヘルム・リープクネヒトはマルクスより八歳年少の後輩で、ロンドン亡命中は始終マルクスの家に出入りした。このリープクネヒトが後年当時のことを追憶して「マルクスの思い出」(Karl Marx zum Gedӓchtnis, 1896.)という小冊を書いた。その一節に、彼れがマルクスに文章の小言を聞かされたことを語っている。例えば彼れは或る時或る文章の中にstattgehabte Versammlungという文字を使った。statthabenはstattfinden(to take place)と同じで、起るとか行われるとかいう意味であり、Versammlungは会合であって、少し異様にも思われるけれども、今日では別段それを咎めるものはないであろう。ところがリープクネヒトは、そのため喧しい講釈をきかされた。彼れは世間で通常こういうといって弁解を試みたが、マルクスは聴き入れず、ドイツの大学はろくにドイツ語も教えないといって大学を罵ったそうである。そうしていつも殆ど衒学的といってもよい程言語の純粋ということを重んじたということである。またリープクネヒトには上部ヘッセン地方の方言が抜けず、よくそれを出しては、それの嫌いなマルクスの小言をきかされた。ただ幸いにもこの方は、マルクスが尊敬するゲーテにもそれがあるので「遂にゲーテの権威によって、賛成はせぬも、これを寛仮するに決した」ということである。

今日我国の国語問題について、一方にその伝統と純粋とを尊重する意見、他方において学習の便宜その他を理由とする改革意見が行われている。両者それぞれ理由のあることであって、問題が充分慎重に討議せられ、学者間に自然に定説の落ちつくのを侯って必要な改革の行われることはもとより望ましいことである。然るに今日のように人心が安定を欠き、動もすれば一切伝来の文化財の価値を不当に軽視して、ただただ現状改変の意見に従うことを直ちに進歩的として喜ぶ時節には、国語の伝統を重んずることを反動扱いすることがないとはいわれない。少くともこの悪名を恐れて、心ならずも改革案に黙従し、或いは心を利かし、これに迎合して他意なきを示さんとするものがないとは言われない。そういう場合、近世第一の革命思想家であるマルクスが言語の蕪雑を最も悪み、その伝統と純粋を守ることに極めて厳格であった事実は、国語の尊重者に或る安心を与え、少くも現状変更説に対し心にもない媚態を示すことの無用なることを思わしめる功徳があるであろう。


畢竟推敲がいかに大切であるかというに帰着する。推敲とは唐の一詩人が僧敲月下門としようか僧推月下門としようかと迷って苦心したというところに由来するという、その語源も示しているように、いかに適当の場所に適当な言葉を用いるかの吟味選択を指していうのであるが、篩にかけて字句を捨てることは、その最も重要の部分をなすものと知るべきであろう。またここに口語と文章とのちがいもある。自由に話をするように書けということは、文章を平明自然ならしめるために最も大事な注意であるが、しかし話をするときは、その場で口に浮んだままの言葉で(improvisiert)語るが、筆で書くときは、考えて書く。考え、推敲せられた言葉が必ずしも談話に適しないと同じく、口から出たままの言葉は必ずしもよい文章となるものではない。それは聴き手を相手の談話や講演の速記そのままのものが、必ずしもよき読み物とならないことによっても、充分に察せられる。文章から誇張や虚飾や紋切型を除くことは、最も肝要なことであるが、元来筆を執って書く文章は、性質上その場で口に出る言葉と同じ意味、同じ程度において自然であり得るものではない。ショーペンハウアーが文章は多少とも碑銘的(lapidarisch)であるべきだといったのは、味わうべき言と思う。

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