本書はきだの自傳的な小説である。鹿兒島で生れ、南洋・臺灣で育ち、東京で親類縁者と不和に陷り、フランス人紳士の下で青春期を送り、人格を作り上げた主人公「山村愼一」の手記――と云ふ形式を採る。
日本を愛するには、日本人的な生活をしない方が好いというのは殘念なことだよ。
あるとき少年は何かの話のとき答えた。
――それは嘘です。
すると彼は急に顏色を變えた。
――それなら私、嘘つきですか。
少年にはこの激怒の理由が解らなかつた。
――何故そんなに怒るのですか。
――それはあなたが私を侮辱したからです。私を嘘つきと云つて。
少年は當惑して云つた。
――それなら眞實でないときどう云つたらよいのですか。
――それは眞實でないだろうという方が好いね。
――それは私には同じことのように思われます。
――違います。嘘つきというのは侮辱です。眞實でないというのは侮辱でないね。
少年は表現の技術の問題に觸れたのだ。
何處までが小説で何處までが事實であるかは知らない。何箇所か、印象的な場面がある。