制作者(webmaster)
野嵜健秀(Takehide Nozaki)
初出
「闇黒日記」平成十六年八月五日
公開
2005-05-23
改訂
2021-01-24

きだみのる『道徳を否む者』

本書はきだの自傳的な小説である。鹿兒島で生れ、南洋・臺灣で育ち、東京で親類縁者と不和に陷り、フランス人紳士の下で青春期を送り、人格を作り上げた主人公「山村愼一」の手記――と云ふ形式を採る。

日本を愛するには、日本人的な生活をしない方が好いというのは殘念なことだよ。

あるとき少年は何かの話のとき答えた。

――それは嘘です。

すると彼は急に顏色を變えた。

――それなら私、嘘つきですか。

少年にはこの激怒の理由が解らなかつた。

――何故そんなに怒るのですか。

――それはあなたが私を侮辱したからです。私を嘘つきと云つて。

少年は當惑して云つた。

――それなら眞實でないときどう云つたらよいのですか。

――それは眞實でないだろうという方が好いね。

――それは私には同じことのように思われます。

――違います。嘘つきというのは侮辱です。眞實でないというのは侮辱でないね。

少年は表現の技術の問題に觸れたのだ。

何處までが小説で何處までが事實であるかは知らない。何箇所か、印象的な場面がある。

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