初出
「闇黒日記」平成十八年二月九日
公開
2008-12-01

ヨゼフ・ロゲンドルフ「『政治と文学』ノート ――ファウストのイデオロギー化――」

「政治と文学」論争の火の手は大正から昭和の始めにかけて文壇を席捲したが、太平洋戦争後、特に『新日本文学』、『近代文学』の作家を中心としてふたたび燃え上がり、今なお消えるに至っていないことは、つい最近奥野健男氏のまきおこした論争でもわかる。ここでその争いに首をつっこむつもりはない。というのも、外国人にはよく理解できないことが間々あるからだ。つまり、その議論のし方にしばしば腹芸独特のまわりくどさがあるし、また、文学的には大したものとも思えないプロレタリア小説を大まじめで論じ合っているようで、ちょうどそれは、東独の共産政権が、意図は買えても才能はまるっきりない「労働詩人」ハンス・マリヒウィツァをしきりに持ち上げているのに似ている。

文学と政治のつながりは、フランスではいつも極端に密接になり勝ちで、またそれでフランス文学に益するところが果たしてあったかどうかはなはだ疑問である。ゾラやゴンクールの文章が読むにたえないほどになるのはあまり政治的な党派の片棒をかつぎすぎるからだし、最近サルトルがノーベル賞の受賞をことわったことも、必ずしも彼の芸術的な高潔さを信じさせるものではない。もちろんサルトルが現代フランスでもっとも才能豊かな作家のひとりであることは間違いなく、受賞をことわる理由として、その声明の始めの部分で「作家としての独立を保っていたいから」と言っているのには、尊敬以上のものを感じさせられはする。しかし。そのあとに続くロジックがわからない。「アルジェ戦争中だったら、私も喜んで賞を受けただろう。私と一しょに自由のために戦った人たちの栄誉となっただろうから」と彼は書いている。言いかえると、彼は本来文学に与えられることになっている賞を政治活動に対して与えられることを期待しているのである。ところが、政治活動と言っても、サルトルの場合自分の党派のための活動を意味し、同じく「自由」というのも、必ずしも他人にとって自由であるとは限らない。だから、「パステルナークが外国では許されても自国で禁じられている作品によってノーベル賞を受けたのは遺憾である」と書くわけで、これを要するに、パステルナークなどに自由はあるべきでない、『ドクトル・ジバゴ』がソビエトで禁じられたのは全く正しいし、パステルナークはノーベル賞委員会から候補にえらばれるのを禁じられてしかるベきだった、ということなのだ。サルトルは自由、パステルナークは駄目――そしてその理由は政治であって文学ではない。「アンガジュマン」の文学、言いかえると文学と政治の混ぜもので困るのは、作家も作品も共に、くだらぬ政治的な争いにひきずりこまれやすいこと、言うなれば芸術の身売りである。

「文学と政治」諭争華やかなりし頃は、イギリスでもやはり状況は同じで、スペインの内乱、ヒトラーの抬頭当時、イギリスの文壇を牛耳っていたのはレフト・ブック・クラブだった。ところがこの両者の結婚はイギリス人の気風に合わず、やがて離縁する運命となった。スペンダーやオーデンのような作家がいだいたマルクシズムの夢――それが破れたのは、一つには、一九三九年にヒトラーとスターリンの間で交わされた裏切り的な不可侵条約とその後の東欧の略奪に原因があったが、もう一つ、イギリス文人の左翼好みをぐらつかせたできごとは、終戦の頃、ケストラーの『真昼の暗黒』とオーウェルの『一九八四年』が出版されたことだった。いずれも現代の全体主義の仮面をあばいたもので、その主題は徹底して政治的でありながら、ほんとうの芸術作品の持つ洞察と説得力をもって、純然たる文学的方法で処理されているのである。

日本における「文学と政治」論争にもっと似たものは、ドイツに求めたい。レン、カイザー、グラーザー、オシエッツキ、デープリンのようなワイマールの作家と、大正・昭和のプロレタリア作家の間には、たしかに対応を認めることができる。しかし、これらの作家は大てい皆、業績はたとえ堂々たるものであっても、相応ずる日本の作家と比べた場合、現実を描くことを標榜しながらその現実にははなはだ遠かったように思われる。たとえばベルリンの『ヴェルトビューネ』のような立派な雑誌が、ファシズムの勃興との戦いで自分にカを貸してくれるのはワイマールのデモクラシーだけだったろうに、かえってこのデモクラシーの基礎を危うくしてしまったことには、悲劇的なアイロニーが見られるのである。ドイツの文学が浮いた気持で左翼の手を握ったことは、ただ挫折を招いたばかりだった。この挫折から、戦後のドイツの作家たち、中でも広く宣伝された「グルッペ47」は、いまだに抜け切っていない。ベル、エンツェンスベルガー、グラース、ヨンゾンなどの詩や小説は、一見政治に関与しているかのようだが、よくよく見ると、権力者に対する漠たる不満や、世間一般へのむかつくような嫌悪や、深くしみこんだ倦怠感のみがそこから浮かび上って来るのである。こういう若い人たちの仕事として将来残るのは、すがすがしいほど冷静で飾りっけのない用語だろう。ブレヒトのドイツ文学への貢献も、恐らくそういうところにあるのではなかろうか。彼の政治的メッセージはもうすでに事実はずれで時代おくれの感があるけれども、彼の正確、明晰、簡素な文章は、ドイツ語がいつもおちいり勝ちな締まりのなさを防ぐのに、大いに効果的に働いているのである。

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