制作者(webmaster)
野嵜健秀(Takehide Nozaki)
公開
2011-01-14
改訂
2012-07-10

葦津珍彦『みやびと覇権―類纂 天皇論』

書誌

神社新報社による編輯。本文の表記は新漢字正假名遣。

目次

第I部
第一章 天皇陛下
第二章 天皇意志と一般意志
第三章 国民統合の象徴
第四章 みやびと覇権
第II部
第一章 日本の天皇と外国の元首
第二章 日本型放伐思想史の展開
第三章 皇室の精神史―対話―
第III部
第一章 紀元節論争背後の思想
第二章 東宮殿下の御成婚の波紋
第三章 神宮と皇位
第四章 祖宗の神器、不文の大法
第五章 最高裁憲法判決の法理
第六章 一世一元制の意義
第七章 元号と天皇―上山春平氏に答へる―
第八章 帝国憲法の史的意義
第九章 日本国の光栄と独立

はしがき

……。

……。武門時代、明治以前の天朝は、見る影もない微弱なものだつたとの俗説は、当らない。武門が覇権を誇つた時代にあつても、紫宸殿こそは、日本国最高の荘重な御殿としての風格を保つてゐた。

「國民統合の象徴」より

英國王の地位を、米國型の大統領やフランス型(これは今のフランスでなく第三、第四共和國で生み出した型の意味)の大統領と比較してみるのは興味ふかい。

英國王は米國型の大統領とは異なつて、國内では、ほとんど政敵といふものがない。政治權力についての責任者は、首相であつて、國王は決して政治鬪爭の經驗もないし、政策決定の責任者でもないのだから、政敵のあるはずがない。政敵がもしもあるとすれば、それは英國の統治の何たるかを知らないか、誤認してゐる者にすぎないだらう。英國王はこの點については、フランス型の大統領以上に政敵がない。政敵のない英國王が、米國型の大統領よりも、はるかに”國民統合”の役割を演ずるのに適してゐることは、いふまでもあるまい。

英國の法によれば、英國の統治權者は、”議會における王、キング・イン・パアラメント”である。王は、おのれの私的個人的意思によつての政治を行はない(これを政治的に、王は君臨すれども統治せずともいつてゐる)。統治を行ふのは、”議會における王”である。これは”議會の補佐をうける王”といつてもいい。法は、統治權者を王と定めてゐるが、その王の意思を決定するのは議會である。いかなる國のいかなる時代の王でも、國政を決するのに個人的な一人の意思で決定したものはあるまい。一國の政務を一人で判斷し執行することは、人間の能力の限度を越える。必ず王の周邊に相當多數の官僚なり貴族がゐて、王の意思決定を補佐したにちがひない。これら一團の補佐者の意思が、公的國王の意思決定の内容をなしてゐるにちがひない。これは立憲以前の各國の王についてもいひうることである。たゞ英國の立憲王制では、この王の意思を形成する補佐機關を議會にかぎると決定し、この補佐機關たる議會と國王との權限關係を、嚴格に定めたことによつて、歴史上の意義がある。

英國王は、議會以外のものの勸めによつて立法することはなく、議會の多數を支配する首相補佐なくして行政することはない。統治者たる王は、エリザベス個人、ジョージ個人ではなくして、あくまで”國會におけるエリザベスであり、ジョージである”。それ故に、すべての統治は國王によつて行はれても、その責任者は、政府であり、國會であつて、國王に政敵はない。

それでは國王は、實質的には國家の政治に何の關係もなく無關心の地位にあるのかといへば、決してさうでない。國王は、常に政治についての報告を受け、首相に對して勸告する權利を保有する。勞働黨内閣の首相アトリーが、ジョージ五世を追悼して語つたところによれば、この國王の權利は十分に實際政治の上に活用されてゐる。アトリーは、”ジョージ五世こそは、英國においてもつとも正確な國債事情を知る人であると認めざるをえなかつたし、王の助言によつて多くの外交政策を決定した”といつてゐる。勞働黨内閣の人事、議會解散の時期選定等の多くの問題が、國王の助言によつて決定されたことも語られてゐる。左翼の政治學者ラスキーは、必ずしも王制に對して好意的でないが、かれも國王が首相から、”報告を受け、勸告し、激勵する”三つの權利によつて、英國の實際政治に大きな影響力をもつことをみとめてゐる。かくの如き王は、決してフランス型の大統領のごとくに無力な存在ではない。

アトリーによれば「國王は、もつともよく知る人である」といふ。王は、首相と同じくすべての情報資料の報告をうける。ところが首相の方は、政黨の總裁としては常に黨の組織を固め、瞬時も油斷することなく反對黨と相戰ひ、行政權の執行者としては、閣僚をまとめ日常の活動に精勵せねばならない。最高の資料を受けても、靜かに研究し考へる餘裕が無い。これに反して王は、首相のやうな繁忙を強制されることなく、常に資料を精讀し、專門家を引見して、その知見を深める。國王は、最高の政治家と最高の研究者に與へられる特權を保有してゐて、政治家や研究者に課せられた義務がない。アトリーのいふやうに、王がもつともよく知る人となるのは不思議でない。それは王が、特殊の知的天性にめぐまれてゐるからではない。ドイツの啓蒙哲學者ライプニッツは、王にのみ與へられた特權の大きいことを論じて、世襲君主國の王子が通常人の水準に近い素質をもつてゐるかぎり、いかなる學者も及ばない程度の教養人になりうるといつてゐる。このライプニッツの言葉は、王子の教育について述べたものであるが、英國の王室においては、それが實現されてゐるといつてもいいだらう。

英國の王は首相に勸告する權利がある。政治の責任者たる首相は、國王の勸告であつてもこれに從ふか否かは、自らの責任において決定する。しかしチャーチルもアトリーも、愼重な王の勸告には、つねに從つたといはれてゐる。王は決してロボットでない。王は、國民を統合するためになくてはならない存在として尊敬されてゐる。

このやうな國王は、選擧によつて作り出すことはできない。選擧といふ方法は、決して萬能なのではない。國會議員を作るのには、選擧がいい。しかし裁判官を作るのには、選擧ではなくて、一定の法式による試驗と任命の制度がいい。ある種の特權(住宅に入る權利のごとき)を與へるのには、試驗や投票よりも、くじが合理的だと思はれる場合もある。これは近代國家のほとんどすべての國民がみとめた方法である。しかし國民の統合者を定める方法として、米國型の國民投票による方法がいいか、それとも議會またはその他の國家機關で選定する方法がいいか、それとも世襲制がいいかは、それぞれの國の具體的な歴史事情、國民意識によつて異なるのであつて、一般的な抽象理論によつて決められることではない。

英國でも十九世紀には、自由黨のチェンバレンなどの王制反對運動が、全國的な大運動となつたこともあるが、今では共和制論などは、前世紀の昔話として相手にされない。保守黨も勞働黨も、王制支持である。英國人は、英國の民主政治を安定させ、國民を統合して行く存在としては、英國の具體的條件に即して考へるかぎり、米國型の大統領よりもフランス型の大統領よりも、世襲の國王の方が、はるかにいいと信じてゐる。それは英國の具體的な條件から出て來る考へで、世界歴史の一般傾向として、君主國の數が多くなるとか少なくなるなどといふ抽象論は問題にされない。英國人はいふ。

世界で君主國の數が少なくなるなどといつても、五つの王だけは必ずのこる。トランプの四つの王と英國の一人の王。

かれらは、世界のすべての國家體制を、君主制と共和制の二形式に分けて、英國の王制の運命を豫想するやうな、抽象的獨斷論を相手にしない。

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